ヒップホップはようやく認められた
日本のオルタナティヴロックを解説している
『NU SENSATIONS』を中心に、
ポップカルチャーを紹介しています。

インディーズブームの頃の音楽の話です。
カトウ「この『NU SENSATIONS』には
漫画家の岡崎京子とかがライブハウスに来て
コーラスのオーディションを受けていたとか
したことが書いてあります。
時代を感じるような、
昔はネットがなかったので、
実際足を運んで経験するということを
していたんだわけです。
ライブハウスとかが盛り上がったんだと思います。
さっきの『NHKにようこそ』で思い出すんですけど(笑)。」

マツダ「『NHKにようこそ』って良く知らないな。」
カトウ「原作は小説なんですけど、
ひきこもる理由は
NHKがときどきやるアニメのできがいいので、
NHKが引きこもりが量産しているんじゃないかと(笑)。
「N・H・K」の略が「日本・ひきこもり・協会」
ということなんです(笑)。」
マツダ「あ~、なんか聞いたことがあるな(笑)。」
ヒップホップが流行ったていうのは、
いつ頃なんですか?
マツダ「世に知れ渡ったのがスチャダラパーの
『今夜はブギーバック』という曲です。
これも川勝さんがカラオケでも唄える曲を
作りたいと言ったことがきっかけで
できた曲です。」
あれは何年頃?
マツダ「あれは、僕が中学から高校の頃だったので、
95年か96年だったでしょうか。
次に『だよね』という曲が出てきました。
当時J-POPと言われるものがあり、
もっとアンダーグラウンドな活動をしている人が
たくさんいたんです。
その人たちよりもスチャダラパーが日の目を浴びて
悔しい思いをしたんだと思うんですけど、
「アンチJラップ」と言っていました。
活動していて一番最初にガッとメディアに出てきたのが
YOU THE ROCKという人だったり、Zeebraです。

Dragon Ashが一緒にZeebraと
ヒップホップの曲を創り出してから
世の中がヒップホップ的なものも
「おしゃれでかっこいいじゃん」
と認めて出しました。

でもやっぱりその流れが違うという話もありました。
メディア受けしようとするラップも出てきちゃったんです。
最近になってようやく市民権を得た感じですね。
(つづく)
『NU SENSATIONS』を中心に、
ポップカルチャーを紹介しています。

インディーズブームの頃の音楽の話です。
カトウ「この『NU SENSATIONS』には
漫画家の岡崎京子とかがライブハウスに来て
コーラスのオーディションを受けていたとか
したことが書いてあります。
時代を感じるような、
昔はネットがなかったので、
実際足を運んで経験するということを
していたんだわけです。
ライブハウスとかが盛り上がったんだと思います。
さっきの『NHKにようこそ』で思い出すんですけど(笑)。」

マツダ「『NHKにようこそ』って良く知らないな。」
カトウ「原作は小説なんですけど、
ひきこもる理由は
NHKがときどきやるアニメのできがいいので、
NHKが引きこもりが量産しているんじゃないかと(笑)。
「N・H・K」の略が「日本・ひきこもり・協会」
ということなんです(笑)。」
マツダ「あ~、なんか聞いたことがあるな(笑)。」
ヒップホップが流行ったていうのは、
いつ頃なんですか?
マツダ「世に知れ渡ったのがスチャダラパーの
『今夜はブギーバック』という曲です。
これも川勝さんがカラオケでも唄える曲を
作りたいと言ったことがきっかけで
できた曲です。」
あれは何年頃?
マツダ「あれは、僕が中学から高校の頃だったので、
95年か96年だったでしょうか。
次に『だよね』という曲が出てきました。
当時J-POPと言われるものがあり、
もっとアンダーグラウンドな活動をしている人が
たくさんいたんです。
その人たちよりもスチャダラパーが日の目を浴びて
悔しい思いをしたんだと思うんですけど、
「アンチJラップ」と言っていました。
活動していて一番最初にガッとメディアに出てきたのが
YOU THE ROCKという人だったり、Zeebraです。

Dragon Ashが一緒にZeebraと
ヒップホップの曲を創り出してから
世の中がヒップホップ的なものも
「おしゃれでかっこいいじゃん」
と認めて出しました。

でもやっぱりその流れが違うという話もありました。
メディア受けしようとするラップも出てきちゃったんです。
最近になってようやく市民権を得た感じですね。
(つづく)
いろんなところでいろんな人がつながっている
日本のオルタナティヴロックを解説している
『NU SENSATIONS』を中心に、
ポップカルチャーを紹介しています。

カトウ「Wiki参照で恐縮なんですけど、
「サエキけんぞうたちとゲンスブール・ナイトを行う」
というのがあります。」
マツダ「カトウくんはゲンスブールとか知っているの?」

カトウ「ぜんぜん知らないです。」
マツダ「僕も知らないけど、
おしゃれというか原宿系というか、
そういった人たちには人気があるみたい。
ロシアあたりの人かな。
ゲンスブール・ナイトという
女の人がわんさか来るというイベントがあるんです。」
カトウ「その中のイベントをやったうちのひとりの
サエキけんぞうという人がいるんですけど、

この人は、「パール兄弟」っていう
今ではメンバーひとりになってしましたが、
ユニットをやっています。

インディーズブームに乗っかって出てきたひとりです。
サエキけんぞうって、今でも作詞家としていろんなところに
出ているんですけど、最近はアニソンが多いんです。
大槻ケンヂとも若干絡んだりしています。

今の年代の人だと、
その逆にサエキけんぞうは知っているけど
パール兄弟は知らないという人も多いかもしれません。
昔バンドやっていたとか、
本当に詳しい人はわかるのでしょうけど、
普通の人から見たら
アニメとかの作詞をやっているわけ分からない人
みたいな印象しかないと思います。
今、筋肉少女帯の大槻ケンヂが『特撮』という
バンドをやっているんです。

大槻ケンヂもアニソンが割と好きで、
特撮のメンバーのひとりもアニソン系を作っています。
その人は作曲家なんですけど。
『NHKにようこそ』という小説を書いた
滝本竜彦という人もこちら寄りの人です。

ただ、この人はすごい引きこもりで、
ナゴムが好きなんです。
たまたまツテがあって
『NHKにようこそ』のアニメを作る際に

大槻ケンヂにオファーを出して
曲を提供してもらうようになったそうです。
いろんなところでいろんな人がつながっているんだな
ということです。
(つづく)
『NU SENSATIONS』を中心に、
ポップカルチャーを紹介しています。

カトウ「Wiki参照で恐縮なんですけど、
「サエキけんぞうたちとゲンスブール・ナイトを行う」
というのがあります。」
マツダ「カトウくんはゲンスブールとか知っているの?」

カトウ「ぜんぜん知らないです。」
マツダ「僕も知らないけど、
おしゃれというか原宿系というか、
そういった人たちには人気があるみたい。
ロシアあたりの人かな。
ゲンスブール・ナイトという
女の人がわんさか来るというイベントがあるんです。」
カトウ「その中のイベントをやったうちのひとりの
サエキけんぞうという人がいるんですけど、

この人は、「パール兄弟」っていう
今ではメンバーひとりになってしましたが、
ユニットをやっています。

インディーズブームに乗っかって出てきたひとりです。
サエキけんぞうって、今でも作詞家としていろんなところに
出ているんですけど、最近はアニソンが多いんです。
大槻ケンヂとも若干絡んだりしています。

今の年代の人だと、
その逆にサエキけんぞうは知っているけど
パール兄弟は知らないという人も多いかもしれません。
昔バンドやっていたとか、
本当に詳しい人はわかるのでしょうけど、
普通の人から見たら
アニメとかの作詞をやっているわけ分からない人
みたいな印象しかないと思います。
今、筋肉少女帯の大槻ケンヂが『特撮』という
バンドをやっているんです。

大槻ケンヂもアニソンが割と好きで、
特撮のメンバーのひとりもアニソン系を作っています。
その人は作曲家なんですけど。
『NHKにようこそ』という小説を書いた
滝本竜彦という人もこちら寄りの人です。

ただ、この人はすごい引きこもりで、
ナゴムが好きなんです。
たまたまツテがあって
『NHKにようこそ』のアニメを作る際に

大槻ケンヂにオファーを出して
曲を提供してもらうようになったそうです。
いろんなところでいろんな人がつながっているんだな
ということです。
(つづく)
スチャダラパーの立役者
日本のオルタナティヴロックを解説している
『NU SENSATIONS』を中心に、
ポップカルチャーを紹介しています。

マツダ「でも、本当にすごい一時期スチャダラパーは
恐い感じのヒップホップの人たちにけなされる
というかdisられていました。

それがニューヨークから帰ってきた「BUDDHA BLAND」
という今まで日本語ラップと一線を画すレベルの人たちが
スチャダラパーのライブを観たときに、

「あの人たちのライブはすごい」
「ぜんぜん声が枯れない」
「全部何言っているのが聞き取れる」
というのを聞いて、
それまでスチャダラパーをけなしていたラッパーが
「あ、そうなんだ」
と言って認め出しました。
今ではスチャダラパーは
ボキャブラリーもあるし、ユーモアもある
第一線を行く日本語のラッパーとして
認知されるようになったんです。
すたれていないという意味でも
そこに目を付けた川勝さんというのは
やはりすごいと思います。

一時期の流行ごとではなく、
長く世に広まって行くものであろうというのを
キャッチする能力っていうのは
ずば抜けていたんでしょう。
一時期Wikipediaの中に
1989年スチャダラパーに初めてメディアに紹介
って書いてあるんですけど、
1、2年前にこの一文が抜けていたらしいんです。

それを誰か足してください、
とラジオで言っていたらしいんです。
それで足したのが僕の友達なんですよね(笑)。」
(つづく)
『NU SENSATIONS』を中心に、
ポップカルチャーを紹介しています。

マツダ「でも、本当にすごい一時期スチャダラパーは
恐い感じのヒップホップの人たちにけなされる
というかdisられていました。

それがニューヨークから帰ってきた「BUDDHA BLAND」
という今まで日本語ラップと一線を画すレベルの人たちが
スチャダラパーのライブを観たときに、

「あの人たちのライブはすごい」
「ぜんぜん声が枯れない」
「全部何言っているのが聞き取れる」
というのを聞いて、
それまでスチャダラパーをけなしていたラッパーが
「あ、そうなんだ」
と言って認め出しました。
今ではスチャダラパーは
ボキャブラリーもあるし、ユーモアもある
第一線を行く日本語のラッパーとして
認知されるようになったんです。
すたれていないという意味でも
そこに目を付けた川勝さんというのは
やはりすごいと思います。

一時期の流行ごとではなく、
長く世に広まって行くものであろうというのを
キャッチする能力っていうのは
ずば抜けていたんでしょう。
一時期Wikipediaの中に
1989年スチャダラパーに初めてメディアに紹介
って書いてあるんですけど、
1、2年前にこの一文が抜けていたらしいんです。

それを誰か足してください、
とラジオで言っていたらしいんです。
それで足したのが僕の友達なんですよね(笑)。」
(つづく)