愛と恋・・・
愛と恋、似ているようなこの二つの言葉。けれど私の考えるこの二つの感情は大きく違う。恋は変な心と書く。大恋愛などと書くとこれはもう大変な事。恋をしている時の感情を思い起こして見てください。周りの事象にとても鈍感になる。相手以外が見えなくなる。社会通念が希薄になる。恋している時には周りの人の目など気になりません。だから公衆の面前でどんな振る舞いも出来るのです。理性や道徳が通じなくなります。恋の為なら周りを犠牲にしても厭う所のない心の動き・・・それが恋の本質のように思います。愛は心を中心に書く。何かを愛するという事は、自分だけを見るだけでは足りない。愛するという事はとても重たく、けれど大事な心の働き。時に自分を犠牲にする事。相手の心情を思いやる心を自分の中心に据える事。見返りを期待しない事。愛するという心の動きは常に周りとの調和を大事にするように思います。例え自分の利益にならなくても愛すべき対象の幸せを願う事も時には愛と呼べるでしょう。だから私は好きな人を「恋人」とはあまり呼びたくないのです。言葉の響きは確かに甘いものがあります。けれど、私自身は恋というものをこんな風に自己解釈しています。だから私の中では「愛しい人」なのです。本来は恋も愛もとても大事な心のお仕事なのです。けれど、恋はとても身勝手な一面もあります。社会通念から外れても尚突っ走るのが恋。相手を思いやって一歩引くのが愛・・・そんな気がしています。私も誰かに『恋』する瞬間があります。けれどそれは文字通り変な心・・・なのです。自分自身でもコントロールの利かない爆走する車のようなもの。『愛』という言葉はとても重たく、大事な言葉。だから簡単に使えない。けれど、叶うならば『愛』すべき人と共に歩く事を願いたい。人が生れ落ちて来た理由のきっと大きなファクターの筈だから・・・。