少子化問題の本質・・・
この書庫を使うのは久しぶりです。常々思っている件だったので、ずっと書きたいと思っていました。この書庫に入っては居ますが、医学的な見地からの書き方ではありません。そもそも少子化が叫ばれて既に10年近く経過します。晩婚化・一人っ子の増加・シングルマザー等々、色んな理由と行政の保護の無さとが理由に挙げられ、少子化対策の大臣まで任命されて久しいですが、未だに実効が上がりません。では、少子化は国策が成ってないからなのでしょうか?本当にそれだけが理由なのかと思います。最大の問題は大人が子供である事・・・です。今日び、親の虐待のニュースに困らない事を見てもそれは証明されています。子供を産み、育てるという事よりも、自分の事に『しか』興味がない大人。一時の快楽に身を委ね、不義の子を成し、堕胎するというのは論ずるにも値しませんが。ただ、この切り口は過去に何度か記事で書いてきましたので、今日は別の観点から。既婚者の方に聞いてみたい事。それは・・・夫婦の時間が一体どれ程確保出来ているかという事です。高度成長期と違い、今の世の中結婚しても子供が出来るまでは共働き、あるいは出来てからもそれが継続されるケースは今ではある意味至極当たり前の光景になっています。そして、特に男性の職場環境は如何なのでしょうか?私自身の職務経験に照らしても、21時、22時に会社を出るというのはある意味当たり前、下手をするとその日の内に会社を退社出来ない事も通常化してしまっているケースも少なくありません。家には寝る為に帰り、次の日もまた朝早くから会社に出勤・・・。土日のサービス出勤も珍しくない今の状況。こんな生活をしていて、一体何処にプライベートが存在するのでしょうか。確かにタフな人はそれでもしっかりと夜の生活を営んでいらっしゃる方もあります。しかし、普通に考えたらそんな時間に退社して、家に着き、食事や風呂などをしていれば、深夜の時間まで掛かる事は当然の帰趨です。会社で必死で働いている人が、その後の時間を使う余力が一体どれだけ存在するのか・・・かなり疑問です。動物にはあらゆる種に共通した物があるようです。それは『生命の危機にあると、生物は種を残す為の行為に奔る』と。男性諸氏ならば、この事の意味がある程度察せられると思います。疲れがピークにある時に、そういう衝動が感じられる事があるからです。でも、そのピークを越えて疲労してしまった場合には、それが機能しないのではないかと思います。それでなくても生命を生み出す作業には膨大なエネルギーを要します。最近の職場環境の変遷で一体どれだけの人がそれを為しえるのか。こういう視点が欠けているように、私には思えてなりません。今の世の中、あらゆる意味合いで、本当の意味での『ゆとり』が失われて久しいです。『衣食足りて礼節を知る』という言葉がありますが、公での適正な義務の遂行と、私的な部分の充実のバランスが取れない現代社会では、少子化に歯止めを掛けるのは不可能と思えます。今の私達は24時間営業のコンビニエンスストアを筆頭に、多くのサービスの恩恵を受けています。けれど、それと引き換えに大事なものを失おうとしているのではないでしょうか・・・。