
AI生成の動画が溢れ、その出来栄えに感心はするものの、騙された気持ちが残って嫌な気持ちになる。
犬や猫の話なら、余り罪はないだろうが、ニュースの様な情報にフェイクが滑り込まされると、怖い。
真実はひとつであっても、見せ方次第でどのようにも視聴者をコントロールできてしまう。こうして我々は喜んで、あるいは知らず知らずに思ってもみない方向に導かれてしまう。
フェイクではないにしても、インフルエンサー達のしたり顔での語り口に乗せられてしまう。
オールドメディアなどと揶揄しながら、さしたる検証も無しのバイアスのかかった情報に飛びつくコメントを読んでいると、もはや、こんなところで時間を浪費するのはもったいないと思う。
YouTubeには、良くここまで、と個人による発信に感心してしまう物もたくさん見受けられる。個人の力は素晴らしいですが、やはり限界も見えてくる。それはそれで良いのかなとも思っています。
映像はダイレクトに訴えてくる。それはそれで感動を呼び起こす。
しかし、文字情報はゆっくり頭のなかに入ってくる。そのゆっくりさが良いのだ。
文字は情報と言ってしまっては片手落ちになる。情報などと言う味気ない言葉ではなく、言霊が宿る、深く深く心に染み込むような、長い歴史を持つて、全身を包み込むような、優しくもあり恐ろしくもある、人間の発する生の声が伝わってくる。
もう一度、良き本に巡り合う喜びを味わいたいものだ。