PEACE IN THE VALLEY (EP盤)  谷間の静けさ/(1957年)  収録
 邦題「谷間の静けさ」  トーマス・A・ドーシー  作


 トーマス・A・ドーシーが39年に作ったナンバーで、51年にレッド・フォーリーが
 大ヒットを飛ばしゴスペル・ソングの最初のミリオン・セラーとなった名曲です。

 エルヴィスはレコーディングする1週間前の、57年1月6日、3回目で最後の
 「エド・サリヴァン・ショー」で歌っています。







 ■ 谷間の静けさ

 おお 私は疲れ弱っています
 けれども なお歩みつづけなければなりません
 主なる神が 呼びに来てくださるまでは
 主が 私を呼びだしてくださるまでは
 おお 朝はまばゆく輝き
 小羊なるキリストは 世の光です
 夜は まるで深い海のごとく
 黒々と広がっています

 天の谷間には 平和が満ちていることでしょう
 やがて招かれる私のために
 天の谷間には 平和が満ち
 私を迎えてくれることでしょう
 おお 主よ 私は祈ります
 そこには 悲しみも 悩みも 苦しみもありません
 私のこの苦しみはありません
 天の谷間には 平和が満ちていることでしょう

 訳 : 川越由佳

 

 「彼はこの後、映画製作のために西海岸へ行くためしばらく出演できません。
 皆さんに言いたいことがあります。 彼はとても礼儀正しい好青年です。
 君を誇りに思うよ。 君の仲間も一緒にいて、とても気持ちのいい人達でした。
 スターなのに、素晴らしい事だと思います。
 ではもう一度、この青年に温かい拍手を.....」 (エド・サリヴァン)


 エピソード:
 1950年代から1960年代にかけて人気の頂点にあった「エド・サリヴァン・ショー」
 の司会者エド・サリヴァンは、エルヴィス・プレスリーと3回の出演契約を空前の5万ドル
 で結びました。  
 エルヴィスは絶対に出演させない。 と断言していたサリヴァンでしたが ファンの熱狂に
 屈したものでした。
 (エルヴィスが腰を振るアクションは下品でセクシーすぎる。 と米国の良識に否定され
 ていました) 。
 
 映画デビュー作「ラブ・ミー・テンダー」撮影中の1956年9月9日、初めてエド・サリヴァン・
 ショーに出演。 ロスのCBSスタジオから中継されました。
 番組史上最高の視聴率 (82.6%) でした。
 皮肉なことに、サリヴァンは前月 交通事故で入院していたので、俳優のチャールズ・
 ロートンが代役で司会を務めました。

 1957年1月6日、エルヴィスはサリヴァン・ショーに3回目の出演。
 最後の出演となりました。 
 この3回目の出演で、エルヴィスは腰から上半身しか映りませんでした。
 エド・サリヴァン・ショー、(1956/9/9  1956/10/25  1957/1/6)  通算3回出演。
 


   
    PEACE IN THE VALLEY (1957)

 エルヴィスがロックン・ローラーとして、ティーン・エイジャーの アイドルと
 なっていった一方で、彼は幼いころからの教えをもとに宗教(神)をしっか
 りと自分の中で持ち続け、ゴスペル・ミュージックをも、自分の音楽として
 
取り入れてきました。 そして22歳になったばかりのエルヴィスは宗教歌
 を収めたEPを発表しました。