私の結婚から離婚までをつづるブログも④まで来ました。

もしよろしければ①からご覧ください。

https://ameblo.jp/maeyama-1982/entry-12758911978.html


昨日は次男の妊娠から出産後までを書きましたね。

今日は離婚までの事かな?


私が離婚に至るまで、色々とあった。

元旦那はトラックドライバーで私は知的障害をもつ児童のデイサービスで働いていました。


子ども達は保育園に預け10:00〜18:30まで働き、延長保育を利用して19時までに園に迎えに行く、そんな日々を送っておりました。

その保育園ですが実は長女と長男は第一園、次男は第二園で、車で5分の距離でしたが延長保育のギリギリで2つの保育園に駆け込みする毎日でした。


保育園の先生方は本当に優しくて、イヤな顔せず「おかえりなさ~い!」と迎えてくださり感謝する日々を送っておりました。

子ども達が通っていた保育園は半袖短パン裸足保育を推奨していて冬でも裏起毛なしのトレーナーを1枚上に羽織るだけ。

風邪ひくじゃん!って思うかもですが、子どもって遊んで動き回ってるうちに意外と汗かいてるんですよ。


そしてどろんこ遊びに山登り、近くの広場などへのお出掛けがとっても多く毎日洗濯物がたんまりでした。

保育園のお迎えを終え、帰ってきたら夕飯を作り、食べ終わったらお風呂にみんなで入り、おやすみなさいで寝室で3人で寝てくれる。

少し一緒に居てあげればすぐに寝てくれるので私も一緒に寝ちゃうことはそんなになかったかな?


ドライバーの元旦那は帰ってくる時間も、出勤する時間もまちまち。

帰りを待ちながら朝が苦手な私はギリギリまで寝ていたかったので夜中のうちに洗濯物を回して干していました。

そして元旦那が出勤する際はどんなに深夜でも早朝でも、冷凍食品詰めるだけのお弁当だけど作り、お見送りをし、まだ寝られる時間なら寝る。そんな日々でした。


お互いに余裕なんてなく、私も「なんでもっと育児を手伝ってくれないの?」と不満があったし、元旦那も「家族の為に一生懸命働いてるんだから休みの日ぐらい自分の趣味に時間をあててもよくね?」と思っていたでしょう。

そう、お互いに思いやれなくなっていたんですね。

自分の不満ばかりで。


すれ違っていく中で決定打があり大喧嘩。

元旦那は出て行き、子ども達3人との生活が始まりました。


途中話し合いをし、やり直そうとしましたが私は「やり直してあげたんだから家族につくしてくれるんでしょ?」だったし、元旦那も「やり直してやったのはこっちだからな」みたいな感じで結局うまく行かずまた別居。


とうとう私は離婚を決意し家庭裁判所に調停の申し立てをしました。

8月に申し立てをして、調停が終わったのは12月でした。


その間に私は上司と折り合いが合わず、職を失いました。

失業保険を貰いながらの生活になり、離婚調停をしていたので正直実家から援助を受けながらギリギリで生活していた感じでした。


あー長くなっちゃったので、続きはまた明日にしたいと思います🙇‍♀️


今日も頑張ってブログを書こうと思います。

昨日の投稿の続きになりますのでまだ見ていない方は下からご覧ください。

 

 

本日は次男の妊娠出産について書こうと思います。

 

長男と次男は1年と1か月違いで年子です。

長男出産後②でも書いた通りまぁ初めて子育てってこんな大変なんだという日々を送っていました。

 

出産後生理が再開した次の月に、また生理が来なくなりえぇ~泣な感じだったんです。

でも、あれよあれよという間にもう3人目ですから「あれ?これはもしかして…」な気持ち悪さを体験しておりました。

私は長女の出産で緊急帝王切開になったので二人目の出産では予定帝王切開でした。

帝王切開での出産の場合、1年は子宮を休ませるために間をあけるというのは何となく知っておりまして、なんだか焦る日々でありました。

 

でも、もしかしたらを放置するわけにもいかず妊娠検査薬を使いました。

見事に二本の線は現れ、これは病院に行くしかないなと…。

 

長男の出産の時の主治医の先生がとてもいい先生でして、

「確かに帝王切開の場合、期間をあけた方がいいとは言われているよ。けどね、あけたからと言って絶対に安全に産まれるとも限らないし、一年経ってないからと言って安全でないとも限らない。だから産めるか産めないかで言えば産めるよ」と。

その先生の言葉に私はとても安堵したことを覚えています。

 

ただ、まだ一歳にも満たない長男のお世話と、5歳の遊びたい盛りの長女の相手をこなすのはとても大変でした。

 

でももっと大変だったのは産まれてからなんですよねぐすん

 

年子なら双子の方が楽。

聞いたことはありましたが本当に。

 

まだまだ甘えたい盛りの長男と産まれたばかりでまだまだ手がかかる次男。

そして弟二人が産まれ、完全にママに甘える時間が無くなってしまった長女。

そして何より次男が4か月ぐらいで二年続けての出産で続けて産休を取ってしまった職場への復帰もあり、もうてんやわんやでありました叫び

 

なので次男の子育ての事をひどいと言われるでしょうが、ほとんど覚えていませんショボーン

 

元旦那と別居を始めたのが次男2歳の頃。

仕事も管理職になっていて、3人を抱え一人で生活をしていました。

離婚するまで1年かかったのでまぁ大変な日々がここから始まるのでした…。

 

続きはまた明日。

今日も忘れずにブログ更新。

 

昨日は結婚と出産まで、22歳の出来事でした。

まだ読んでない方はこちらからご覧ください↓

 

 

そして今日は長男の妊娠から出産まで。

 

長女を出産後、長男が産まれるまでに4年が空きました。

実は二人目不妊症に悩まされていましたショボーン

 

それというのも長女出産後に体重が激増し、生理もちゃんと来なくなっていました。

本格的に不妊治療にはいるにあたり、元旦那と相談後二人でクリニックに受診。

もちろん元旦那にも検査を受けてもらいましたし、私も検査を受けました。

 

私の検査は卵管造影。造影剤を使って卵管が癒着してないかをチェックする検査です。

ちなみにこの検査、検査後に痛くて帰れなくなる人がいるらしく、車で一人で来ることを禁止されるぐらいでした。

私は全く痛くなかったですし、検査後ササッと帰ることも出来ました。

 

長女の出産が緊急での帝王切開だったので、余計卵管が癒着しやすくなってしまうとその時言われたことだけは覚えています。

そしてこの卵管造影後は妊娠しやすくなるとも言われていました。

 

私もその一人。

卵管造影検査後、生理がまだ来なかったら受診してねと言われていたのですが見事に生理は来ず受診。

な、なんと!検査一回で妊娠してたんですねぇ。

 

嬉しくて、すぐに元旦那に電話したのを今でも覚えているものです爆  笑

 

そして長男の妊娠期間が妊娠3回の中で一番大変でしたえーん

妊娠初期はつわりがひどく、流動食のようなものしか口にすることができずで、

妊娠後期からはお腹の張りがひどく一人目を帝王切開で産んでいる私には支給破裂が一番怖いことだったので(お腹の中で支給が破裂しても気づきにくい様で渋滞になることが多いそうですよ)張り止めの処方と安静を言い渡され、妊娠8か月から早い産休を取らざるを得なくなってしまいましたあせる

 

そして二人目以降、帝王切開は手術の予定を事前に決めるので誕生日もおのずと決まります。

お腹の張りもあったので通常は40週に当たる前後の日程で組まれる手術日が早産にならないギリギリの37週に入ったすぐの手術日となりました。

3人の中で一番小さく産まれたのが長男です。

 

長女はよくミルクを飲んでよく寝るとても母に優しいベイビーだったんだけど、長男は全然違くて背中センサーがある子(寝かしつけて布団に置いた瞬間泣き出す子)で相当苦労しましたよ泣

 

長女で使っていたベビーベッドは物置になり、夫婦もベッドから布団生活になり私は添い寝、添い乳で寝る時間なんてほとんどない日々を送っておりました大泣き

でも育児ノイローゼにならなかったのは、長女が一通りの子育てをとてもいい子に教えてくれていたからだと思っています花

何もわからない状態で、あんな睡眠とれないなんで泣いてるかわかんない、なんてなってたら私もきっと発狂したくなってたと思いますドンッ

 

そしてその1年後、次男を出産することになるんですがこの時の私はそんなこと1mmも思っていなかったのは事実でございます…。

 

長くなったのでまた、明日にしたいと思いますパー

 

明日は次男の妊娠と出産になりそうです。