毛布を洗いたくなって、仕事終わりにコインランドリーへ

乾燥まで含めると約1時間。
車の中で待っていてもよかったのだけれど、ふと「歩きたいな」という気持ちが湧いてきた。

そういえば、気になっている本もある。

「よし、本屋さんまで歩いてみよう」

そう思い立ち、30度を超える暑さの中を歩き始めた。

自然を眺めたり、その場の空気感を味わったりしながら歩くのが好きな僕は、街路樹のある歩道や疏水沿いの道を選ぶ。

木陰は驚くほど涼しく、炎天下であることを忘れそうになる。

ところが、そのうち木陰のない道路に出た。

「あっつー!」

思わず声が漏れる。

汗を拭きながらも、本屋さんまではあと少し。

なんとか到着し、ひんやりとした店内で一息つく。

気になる本を手に取りながら、ゆっくりと本屋の時間を楽しんだ。

そして再び、コインランドリーへ向かう。

時計は見ていなかったけれど、なんとなくの感覚で歩いていたら、ちょうどいい頃合いに到着した。

クールダウン中の毛布が、気持ちよさそうにくるくる回っている。

「今年の冬もよろしく頼みますね」

そんな気持ちで毛布を畳み、家へ持ち帰って押し入れに丁寧にしまった。

こうして、夏用と冬用の寝具の入れ替えは無事完了。

特別なことをしたわけではないけれど、仕事終わりの午後に心地よい時間を過ごせたことが、なんだか嬉しかった。

今年の夏も暑くなりそうだ。

太陽さん、どうかお手柔らかにお願いします。




寄り道のおかげで、毛布も心も少しだけ整った午後でした。☀️


人との繋がりって、むずかしいなぁって思う。

ちゃんと向き合いたいし、  
大事にしたいからこそ、  

ちょっと近づきすぎたりすることもある。


自分では「これでいい」と思ってても、  
相手にとっては違ったりしてね。

ああ、 距離感
って大事なんだなって、最近よく思う。

それと、境界線。

目に見えないけど、  
ちゃんとあるんだなって。

越えようと思ってなくても、  
気づいたら越えてしまうこともある。

でもさ、

おかしいとか、おかしくないとか、  
正しいとか、間違ってるとか、

結局それって、  
その人の中のものさしなんだよね。

その人の世界ではそれが真実だし、  
自分の世界では、自分が感じたことが真実。


どっちが正しいとかじゃなくて、  
ただ違うだけ。

だから、相手を否定する必要もないし、  
自分を押し殺す必要もないと思ってる。

自分で決めて、動いたことは、  
ちゃんと自分で受け取る。

もし、だれかを傷つけてしまったなら謝る。  
でも、自分の気持ちまでなかったことにはしない。

あの時は、あの時の自分なりに、  
ちゃんと想ってたから。


人との繋がりってむずかしいけど、  
こうやって少しずつ知っていくものなんだろうね。



珈琲が好き。

理由は、ひとつじゃない。


味が好き。

淹れる時間が好き。

香りが好き。

焙煎の音や色が好き。

そして、心が落ち着くから好き。


そうやって並べてみると、

気づかないうちに、

たくさんの「好き」に支えられていたんだなと思う。


最近になって、ふと感じた。

ただの嗜好じゃなかった。

珈琲は、ちゃんと僕を助けてくれていたんだって。


嫌なことがあって、

気持ちが乱れて、

どうにも落ち着かない時でも、

珈琲を淹れて、ひと口飲むと、

肩の力がすっと抜ける。


無理に切り替えなくてもいい。

答えを出さなくてもいい。

ただ、自分に戻っていける。


その時間を、

これまであまり意識せずに過ごしていたことに、

少しもったいなさも感じた。


豆を選んで、

道具を揃えて、

家でも珈琲を淹れるようになった。


そうすると、

家の時間の質が変わった。

静かで、やわらかくて、

ちゃんと自分と一緒にいる感じがする。


淹れるスピード。

豆の量。

蒸らしの時間。


ほんの少しの違いで、

出来上がる味はまったく違う。


珈琲って、

思っていた以上に深くて、

細やかさが必要な飲み物だった。


だから、

これまで何気なく飲んでいた喫茶店の一杯が、

急に特別なものに思えてきた。


誰かが丁寧に向き合って、

時間をかけて淹れてくれていたんだなって。


そう思うと、

あの一杯一杯が、

今までよりずっとありがたく感じられる。


珈琲と向き合うことで、

好きなものを「好きなまま」にせず、

ちゃんと感じる大切さを知った。


知らなかったことを知ることで、

自分の感性も、

少しずつ磨かれていく気がしている。


珈琲の時間は、

僕にとって、

心を整え直すための、

静かで確かな時間。

そんなことを思いながら、

今日も一杯

心地のいい時間を淹れる☕️