決定的に分かったこと。

色々な人に興味を持ち、楽しみ、楽しませ、ネットワークを広げていく、
それをコミュニケーション能力や人間力というならば、
僕は、今の会社において、その能力は平均より低いという事。

ただ全くないとも思わない。
仕事を通して、チームで頑張って、深く話し合っていった結果、
とても仲良くなって、自分も相手も楽しい関係を築けてきた事もある。

というより、むしろ今まではそれができたからこそ、
不特定多数とのコミュニケーションという苦手な部分が全面に出ずに、
一定の楽しさと成果を得られていたのだと思う。
それは、自分の苦手な部分を強く求める人がいない環境で、
強みを生かせてきた結果なんだと思う。

ただやっぱりそこが苦手という事は変わりなくて、
その部分を強く求められる、それが重要なコアを占める、
そういう所にいくと、僕は非常に弱い存在になるのだろう。

一番クリティカルな問題はそこなんだと思う。

・激しい自己主張が苦手
・初対面が苦手
・ぐいぐい来る人が苦手

今の環境はまさに僕の弱い部分がフォーカスされる、
それこそ人間力の固まりみたいな人がいる所で、
当然それだけでは無いのだけれど、
やっぱりそこがあってこその場所にいると、恐縮しちゃうんだろうな。

なんていうか、自分の中に他に主張できている価値がない状態で、
まずは人間力で戦わなければいけない、みたいな状況が、
本当にだめなんだと思う。

自分の中できちんとどこか一本価値を出せて、それを認めてもらった上で、
人間力を求められるとまた違うんだと思う。

仕事で作った価値という強みをベースに、周辺を広げる。
それが自分の最適な戦い方なのだ。
どうにもこうにも、制作に興味が持てず退屈なのだけれど、
じゃあ何が楽しいかって言う所が曖昧すぎて答えられない。

制作に興味を持てないというのはなぜかというと、
自分で作って良いよと言われたらそれなりに楽しい気もするから、
多分制作する事そのものに興味が無いのではなく、
多分に立ち位置とか関わり方とか対象の製品の問題なのだと思う。

つまる所、大きな問題として、
そもそも誰がこんなものを見るのか?
どの程度の関与を持って見るのか?
それはどの程度の影響力を与えられるものなのか?
という出口視点がおざなりにされてる案件が多いんだと思う。

これは大きく今の時代変化しているんだ。

前と比べてみる人は減っている。けど、やっぱり今でも最も多くの人がいる。
関与度合いは減っている。→これが一番気になる。どれくらい関与持ってるの?
影響力も減っている。→関与が減るから当然だよね。

関与度合いと、素材(クリエイティブ)は関連性があるよね。
影響力と関与度合いも関連性があるよね。
じゃあやっぱり影響力を持たせるには素材が大切なんだ。
ここは昔と変わらない。

ただ、一方で素材のパワーは昔よりも格段に必要になってるよね。
だって、それだけライバル(情報量)が多いわけだ。
もはや自分に少しでも必要の無い情報はスルーする時代だよね。
自分が必要(ちょっと関心のある事)ですら全部拾うのは無理だもん。

本当にそうか?じゃあなぜボーっとしてバラエティやニュースを見るのか?
それは多分、情報収集というよりはリラックスなんだろな。
映画や漫画を見る(コンテンツを楽しむ)感覚なんだろうな。

つまり情報の取得には、
コンテンツを楽しむ、という事と、必要な情報を収集する、
という2つがあるんだろう。
FBのタイムライン見るのとかは、両方兼ね備えていて、
コンテンツも楽しみつつ、ふいに有益な情報に巡り会えるのが良いんだろう。
つまり、その取り方も、能動的な取り方と受動的な取り方の2種類あるんだな。

FBやTWの情報収集ツール現象を見ていると、
以外と、日本人には受動的な取り方の方が向いてる気もする。
けど、代表的な受動的メディアであるTVCMっていうのは、
有益性(自分にとって必要な情報を与えてくれるのではないかという期待)が、
薄れてて、あまり興味を持たれなくなっているのだろう。

データマーケティングとかっていうのは、
情報収集者にいかに効率的に情報を当てていくかという所なんだな。

っていうか、TWのアカウント運用とかも、
有益な情報を与えつつ、おもしろコンテンツも流す、という両者が兼ねられていると、
結構イケテルアカウントになるのだろう。

つまるところ、やっぱりユーザーにとって有益な情報、
それは楽しむ要素と、有益な要素、両方あるわけだけど、
これを与えてくれるメディアやアカウントや存在である事が、
今の時代にメッセージを届けるに当たっては最も大切なんだと思う。

言い換えると、データマーケティングで情報収集者を、
いかにきれいにあぶり出したとしても、
届けるメッセージが有益や楽しいものでなければダメなんだ。

リアルタイム性ってのはメッセージを有益にする事なのかもね。
今探してる!メッセージでてきた!これは有益だよね。
エンタメにも使えるよね。
今楽しんでる!メッセージでてきた!これも有益だよね。

ってのがメーカーからメッセージを直接発するときで、
でも一方で口コミサイトやSNSの書き込みでのリコメンドが良いって思うのは、
そこに発信者に対する信頼性があるからで、
ってことは、有益性とエンタメ性と信頼性の3つが大切ってことか?

とにもかくにも、
やっぱりユーザー起点で物を考えないともはや厳しいよね。
その入り口でどちら側に立っているかが結構大切なんじゃないかな。

モノ起点で、ターゲット想像して、色々価値とか規定して、
それを伝えるためのアイデアガーって、
そういうことじゃない気がするんだよね。
やっぱり入り口はユーザーだよ。

ユーザーを見て、その人は何にとっかかりがあるんだろうって見て、
情報を探している人にはデータマーケティングを与えて、
エンタメを求めている人にはコンテンツを与えて、
信頼を求めている人には口コミを与えて、
みたいな??



仕事の忙しさは1ヶ月も経てば劇的に変わる。


暇だと思った月に仕込んだ仕事が、1ヶ月後に花開いたら、


その時はもう他の案件で、てんやわんやで、


んなことやってられるかー!って状態。


なんと悪循環なことか!!



どうしたものかね。

先日、高校の同級生の女の子からメールが来た。


彼女は京都に住んでいて、大阪で働いている。

去年4年近く付き合った彼氏と別れたけど、半年ほど前によりを戻して今も順調に続いている。

一方僕は、東京に住んでいて、もちろん彼女がいる。

そんなところだ。



彼女とのメールの始まりは何気ない質問からだった。



「突然だけど、11月の後半に1週間ほど休み取れない?」


確かにその時、僕はまだ夏休みは取っていなかったけど、

11月の前半に友達と予定をあわせ、バリ島に行くつもりだった。

僕はその旨を丁寧に説明した上で、どうしてまた?と答えた。


「11月の後半に、ケニアとタンザニアに一緒に行かないかな?と思って。」


文面を見て一瞬頭が混乱した。意図が読み切れず、色々なことが脳裏をよぎった。

ケニアとタンザニアという文字は、十分、僕の日常から遠くかけ離れた言葉だった。

まだ、ザギンでシースーと言われた方がしっくりくる。

僕は一度落ち着いて尋ねるべき事柄を整理させ、最も重要な部分を投げかけた。

念のため確認するけど、二人でって事かな?


「もちろんだよ。サバンナで野生動物を見たくない??」


確かに、普段仕事をしていると、突然想像もしなかった出来事が降ってくる。

枠が飛んだだの、商品が売り切れただの、社長がNGを出しただの。キリはない。

だけど突然、彼女でもない女の子から、サバンナに誘われることは、

そう、きっと人生でそうあることではなく、おそらく最初で最後の経験なんじゃないかと思う。


僕は呆れ半分、当たり前のことを当たり前に返すことにした。

まず女の子と二人きりで旅行に行くということが、どういう事かを説き、

さらに、ケニアとタンザニアという海外でも極所に行くことが、どういう事かを説いた。


そして最後に、付け加えた。

そんな野生の世界で一つ屋根の下に泊ったら、僕はサーベルタイガーになってしまうね。

僕はわりかし正直な人間なのだ。


「それは我慢して!まだ後2カ月あるから、それまでに草食系になれば良いよ!」


素敵な答えだった。



彼氏と行きなよ。

「彼氏休み取れないんだもん。」

友達誘いなよ。

「1週間も休み取れる子なんてそういないんだよ!」


無理です。彼氏と行きなさい。



こうして一連のやり取りは終わった。



やり取りを通して、僕は少しばかりの幸せを感じていた。

一緒に行くつもりは全く無かったけど、

こういう世界も悪くはないんじゃないか?とちょっと微笑んでしまった。

素直で、自由な、そんな感じの世界を感じさせてくれた、出来事だった。

●仕事が終わらない


仕事が終わらない。という言葉をよく使うんだけど、

逆に考えてみると、仕事は終わらないもんなのだと。


「仕事が終わる」=「生産活動が終わる」ということで、

それは大変なことだ!

仕事が終わらなくて良かった~!!ってね。

もう病気だよね。



●おなかがいたい


おなかの調子がずっと悪い。

悪いのにお酒飲むもんだから、また調子が悪くなる。

そんな折、会社のトイレでうんうん苦しみながら、

「腸がちょっと超調子わるい。」って、略すと「ちょちょちょちょ」だな。

とか下んないこと思いついて、

もう病気だよね。



●喪失感研究所


喪失感って大事というか、クリティカルというか、

注目してみたら面白い感情なんじゃないかな?って思った。

「童貞の喪失」「処女の喪失」「恋人の喪失」「純粋な心の喪失」などなど。

「喪失」という言葉には、単に失うというだけでなく、

なんだかセピア色の写真のイメージが付帯してくる気もする。

じっくり考えたい。



新しい広告媒体リリースの紹介で、
アメーバピグが出てたので、試しにやってみた。

確か、ピグができたばっかの頃に登録だけしてみたけど、
なんだか楽しくなかったので放置していたら・・・


すごい!!


昔からあるチャットルーム的コミュニティーに、
アバター機能をうまくミックスして、ネットコミュニティの一つの完成系になってる。
さらにアバターからは、個人のブログにもリンクしているから、
よりリアルの世界とも近くて、単なる仮想空間というわけでもないね。

すごいすごい
中高生の頃にこれがあったらハマってたね。

こうやって、どんどんコミュニティーは変化して、
コミュニケーションの形も多様化するんだな、
ぼーっとしてたらやばいな、

と、思った。

雑感。

大人ってすごい! と小さい頃思っていて、


社会ってすごい!! と中学生くらいに思っていて、


企業ってすごい!!! と大学4年生まで思っていたんだけど、


意外とそうでもないみたいだなってのが最近の実感。



もちろん、すごい企業ってたくさんあるんだよ。

と、さっきまで見ていたカンブリア宮殿を念頭に訂正しておくけど。



こういうご時世だから、結構いろいろとあるんだとは思うんだ。

理想を掲げている場合でもないし、

なんとか、減りゆく売上高を維持しよう、

なんとか、縮小するパイの中で少しでも自分のところに集めようって。


でも、その急場をしのぐ今の経営の向こうに、

きちんと未来を見据えた大きな成長戦略を描けている会社って、

いったいどれくらいあるんだろうかね。


広告業はサービス業だから、

お客さんが選んだベクトルをベースに、コミュニケーションを構築するわけだ。

で、それって広告業だけじゃなくて、

実は社会の一定規模の会社が、一部の会社の決めたベクトルに、

基本的には追随して、行動してるんだと思う。


だって、お客さんのしゃちょさんが、

「弊社はこういう方向にいくぞ!!」って言っているのに、

「いや、お客さんそれはいけません。」ってのは言えるのは、

まぁマッキンゼーとか、銀行とか、超重要取引先くらいだよね。

(とはいっても、発言できる、と、ベクトルを変えられるっていうのは別の話。)


だから少々疑問に思っても、基本は追随しなければいけないのだ。



で、ここで問題が起こってくるんだけど

お客さんが「明らかにおかしい方向に走ってるんじゃないかなぁ?」って、

思ったとしても、付いていかなくちゃいけないわけなのだ。


お客さん、そっちはダメですよ。

そっちにあるのは、市場の縮小ですよ。って思っても、

ついてかざるを得ないのよね。


それもただ付いていくだけじゃなくて、

ご丁寧に、間違った道をもっともらしく見せるような、

マーケティングデータまで取り揃えて。


たくさんの頭脳が、間違った方向という動かし難い大前提に沿って、

くるくる回転して、それって何の意味があるんだろう??


崖に向かって走る大きな車輪を、

一生懸命みんなで押してるのだ。


だから、すごく思う。

合理的じゃないよねって。

いつかやろうやろうと思って伸ばし伸ばしにしてきた、ブログの引越し。

家のPC(を快適に行うための)環境が整って、ようやく昨日から手をつけた。


これまで、さるさる日記→ライブドアブログ→ミクシィと続けてきて、

場所を移動するたびに、それまで書かれた文章たちは放置してきてた。

まるで、平安遷都に取り残された平城京の寺院のように・・。


これからのご時世、いつまでもサービスが残っているとも限らず、

余もすれば消えてしまう!!ある意味プライスレスな文章たちを、

時間をかけつつアメブロに移行させていこうと思っております。


というわけで、コピペついでに過去を振り返ってみると・・・痛い!!

あけましておめでとうございます。


毎年心に誓っているものの、なかなか実現できてないですが、

今年こそ、きちんとブログをつけたいと思います。

文章で書くと考えが整理できるので、なんとか習慣化できればと。


ちなみになぜmixiではなく、アメブロかと言うのは、

日刊スポーツと読売新聞の広告が違うような、そんな、

ちょっとしたポリシーみたいなもんです。


正月は暇すぎて、何を間違えたか、

1月1日からケータイ小説を読みふけってしまいました。


そんなろくでもない始まりでしたが、

今年は会社生活4年目を迎えるということもあり、

これまでのがむしゃらスタンスから一歩抜け出して、

『客観的に事象を捉え、要点を捉える能力』を意識的に、

身につけていこうと思っております。


これについては、まだ自分でもきちんとまとまっていないので、

また後日。


とりあえず最近は、本を読みふけっている、そんな毎日です。



■正月に読んだ本


①この国のかたち


⇒最近坂の上の雲を再読し、日本という国の本質にすごく興味が湧いていたが、

司馬遼太郎は、そんな気持ちを抱くことまでもを見透かしていたかのような、

素晴らしく的確な本だった。

歴史上のさまざまな事象から、日本という国は?というテーマを追求したエッセイ。


中期的な一つの目標は、日本の現在を、点ではなく、歴史の線上からみつめて、

それでもって将来の可能性を考察し、行動への足がかりとすることだ。



②アメリカよ!あめりかよ!


⇒大学の同級生のKESK君がブログで絶賛しているから読んでみた。

読みやすくて、それでいて、アメリカという国の原点が垣間見える本。

「アメリカでは、正義が勝つ、ではなく、勝ったものが正義」という部分が、

非常に印象に残った。同作者のもっと他の作品も読んでみたい。



③17歳がママになるまで


⇒いじめ、拒食、過食、セクハラ、リストカット、妊娠・・・などなど、

必要な要素はすべて盛り込みましたという、

代表的なケータイ小説的ケータイ小説。

熟読して、人生を無駄にすごす必要は無いとは思うけど、

どうしてこれがウけるのか?を考えて、仕事に活かす、という点では、

広告関係の人は一つくらいは流行りのケータイ小説を読んだ方が良いのでは?


この国のかたち〈1〉 (文春文庫)/司馬 遼太郎
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17歳がママになるまで/マロン
 
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