昨年3月11日の午後、私は大阪市内のとある小さなビルの2階の一室に居ました。私は立って机の上の資料整理を、Tさんはしゃがみ込んで壁に貼られた地図に書き込みをしていました。男二人は言葉を交わすこともなく静寂の中淡々と作業に没頭していたのです。
そのときでした。
突然、私はゆらゆらと揺れているような感覚に襲われました。結構ハードな日々が続いていたので、自分に目眩(めまい)が起きているのかな?と思いました。
しばらく手を止めてからTさんに目を移すと、彼もしゃがみ込んだ姿勢のまま動きを止めていました。
「Tさん、揺れてません?」私が声をかけると、
「揺れてるよなあ!」とTさん。Tさんも目眩かなと思っていたようでした。
「地震か!」「地震ですね」
横揺れは徐々に強さを増して結構長い時間揺れ続けました。
やがて携帯に立て続けに地震速報が入り、震源地が東北であることを知りました。震源地から遠く離れた大阪でも揺れはかなり強かったのです。
幸い大阪では大きな被害はなかったのですが、東北地方で発生した地震が大阪にまで影響するなんて俄かには受け容れ難いことでした。
地震速報によると、発生時刻が14時46分。大阪で震度3が観測されたのが14時50分頃だったと思いますので、たまたま大阪で東北とは別の地震が起きたのではないかと考えたぐらいです。
「これはえらいことになったぞ!阪神大震災どころではないかも?」
と考えた私の直感は当たっていたとも言えますし、外れていたとも言えるでしょう。
残念ながら確かに「阪神」以上の被害が出ましたが、あれほどの津波は考えていなかったですし、原発事故なんて想定外でしたから。
このように、多くの方にとってもあの日あの時の記憶は鮮明に記憶されていることでしょう。
「あの時どうしていましたか?」「ああ、あの時はね…」
即座に反応があることでしょう。
しかし、多くの方々からは反応が期待できません。
震源地から遠く離れていたからリアルタイムの記憶は曖昧で、という方も大勢いらっしゃることでしょうが、そうではなくて答えられない方々、あの日あの時の記憶が「最期の記憶」になってしまったという方々が…。地震が発災したあの時から津波被害の出た数時間後までに範囲を広げると、さらに大勢の方々が…。
新聞によると、行方不明者を含めて1万9千人以上の方々が犠牲になられました。
1年後の今日14時46分に、私は大阪から北東方向にある被災地に向かって黙祷を捧げたいと考えています。








