昨日、4月に永眠した父の初盆法要を済ませました。
父より先に逝った母が永眠したのは10年前の平成19年8月末でしたから、母にとっては今年10回目のお盆を迎えたことになるんですねえ。
10年かあ。。。
10年という歳月が長かったのか短かったのかはともかく、果たして10年後の自分はどうなっているのだろうと考えてしまいました。
昨今の目まぐるしい社会情勢の移り変わりや目覚ましい科学の進歩を考えると、10年後の自分や社会なんて予測不可能だと誤魔化すのが関の山。でも、現在の体力・気力を10年後まで維持することが厳しいだろうということまでは誤魔化せません(泣)
「 世の中は三日見ぬ間の桜かな 」 とか 「 十年一昔 」 ( 世の中は移り変わりが激しく、10年も経つともう昔のこととなってしまう ) と言われますが、 「 十年一日のごとし 」 ( 長い年月の間、何の変化もなく同じ状態である)とも言われます。
世の中の動きについては 「 十年一昔 」 これは 「 十年 」 を 「 一年 」 としても当てはまるかもしれませんが、自分に関しては 「 十年一日のごとし 」 が相応しいような気がします。
しかし、これからの10年を予測することは難しくても、これまでの10年を振り返ることはできるだろう。それによってこれからの10年を予測することが出来るかもしれない。
安易な思い付きで古い日記を読み返してみました。
あれから10年も過ぎたのか?とか、そんなこともあったのか?のオンパレード。自分の記憶力の衰えを思い知らされました。それに加えて、今と比べたら10年前はまだまだパワフルだったのだなあと、ついつい遠くを見つめてしまいました。(笑)
今では、日記代わりに始めたはずのブログすら更新途絶に近い状態、これからの10年を想像することが怖くなってしまいました。考えたくもない、というのが結論?(笑)
そんなとき、奇しくも、いつも訪問させていただいているブロガーさんの最新のブログに「 10年後 」 に触れられた内容が書かれていました。
以下、そのブログから勝手に要約して引用させていただきます。
『 あの日に戻りたいと思うことは誰にでもあるだろう。もしかしたら、10年後に10年前に戻りたいと思っているかもしれないが、どんなに願ってもそれは叶わない。時間は戻るどころか進んでいく。ならば、こう考えてみてはどうか。今の自分は未来から来た自分なのだ。悩み、苦しみ、戦っているのは、未来を変える為なのだと…。 』
『 自分は、辛かった未来からやって来て、今をやり直している。だから、今から逃げてしまったら、未来はもっと苦しくなる。今ここにいる自分は、違う道を歩む為に未来から来たんだ 』
そして、
『 人間の想像力は果てしない。その世界の中では誰しも自由に生きられる。今、そこにいるあなたは、未来から来たあなたなのかもしれない。 』
と締めくくられていました。
そうか、未来から来た自分かあ。。。
出来れば、今よりは体力・気力を伴った過去の自分も連れてきてほしいものですけどね。。。
とりあえずは 「 一日千秋の思い 」 で過ごせるような、期待感に満ちたワクワクな日々を送ることが出来たら理想的なんですがねぇ・・・と再び遠くを見つめて嘆息してしまっている現在の自分がいます(笑)












