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キッチンラーメンのブログ

思いつくまま、つれづれに

当たり前のことが

当たり前に出来ることの 
ありがたさ

 

こんなことを噛み締めながら過ごす日々

 

当たり前に出来ていたことが

出来なくなって知る

当たり前のありがたさ

 

じつは、以前から感じていた脚の痛みが酷くなり

今までのように思うように歩けなくなってしまいました

 

「腰部脊柱管狭窄症」と診断され

血行を良くする薬の服用とリハビリの日々を余儀なくされました

 

しかし、事情があって

この2か月間余りを 痛む脚に悲鳴を上げたくなるのを歯を食いしばって我慢して出かける日々を過ごしました

 

この間 通院・リハビリに専念することが出来ず 症状は悪化するばかり

 

やっとその事情から解放されて

つい先日から 通院・リハビリに専念する環境が戻ってきました

 

しかし 覚悟していたとはいえ この2か月間余りのブランクは 痛い

 

このブランクを取り戻すことが出来るのか 不安

 

片道歩いて3.0分

今までなら歩いて往復できていましたが

今では病院までの往復に バスあるいはタクシーを利用しなければなりません

 

診療代・薬代に加えて この交通費は 痛い

徒歩だと無料でしたからね(笑)

 

周囲を見渡すと 当たり前に歩くことが出来ない人が何と多いことか

 

加齢や疾病によるものが大半でしょうね

私の症状も加齢によるものだとも言えます

 

老いるということは お金がかかる

 

当たり前のことが
当たり前に出来ることの 
ありがたさ

 

痛感しています

 

 

 

お久しぶりです。生きてます(笑)

 

1年間の更新ブランク!

 

このまま年越しを迎えるのも悔しいなぁ、、、と思っていたところに、アメブロの運営さんからこんなメッセージが。

 

「あなたは3年前にこんな記事を書いていますが更新しませんか?」

 

なんともご親切なというか、お節介なとも言えそうですが?

 

そこで、3年前に自分が書いたというブログを読み返してみました。書いたことすらよくは覚えていない(笑)

 

流行語大賞にはならなかったようですが、今年よく耳にし、目にした「平成最後の」というフレーズ。

 

今回のブログが私にとって「平成最後のブログ」になるかどうかはともかく、平成30年最初で最後となる可能性は高いです。

 

平成最後の本番となる来年に更新できるかどうかは甚だ危ういかなと言うのが正直なところですが、

 

「この一瞬の大切な一生を無駄なく有効に過ごしているのか?」

 

と改めて自問自答しながら、今年残された数日間の「一瞬」を有効に過ごしたいと思います。

 

これをお読みくださっている皆様にとって、間もなく迎える平成最後の年が良き年となることをお祈りしつつ。

 

 

 

 


人を亡くした悲しみは、時間の経過が癒してくれるものと信じたい。しかし、身近な人であればあるほど、あるいは付き合いが深かった人であればあるほど、そう簡単には悲しみが癒えるものではないようです。

 

このブログで何度か採り上げさせていただいたことのある、香川県の三豊市 ( みとよし ) は、平成の大合併による7つの町の合併により平成18年に発足しました。激烈な選挙戦の末、初代市長に就任されたのは合併前の詫間町長を4期務められた横山忠始氏でした。

 

ともすれば合併によって生じがちな旧町同士の確執も、旧町それぞれに支所を置き、7つの  「 まちづくり推進隊 」 を住民主体での設立に導くなどの手法により、反目するのではなくお互いが切磋琢磨する関係を構築。従来の住民サイドが行政に委ねるスタイル、いわゆる 「 アウトソーシング 」 を逆転させて、行政から住民へのアウトソーシングへの発想の転換を図ることに尽力されました。 

 

横山市長は、 「 市民力によるまちづくり 」 を提唱し 「 強くやさしく楽しい三豊 」 の実現を目指して改革を進めて来られました。

 

改革と言っても決して激しいものではなく、温暖な讃岐の地域性とシンクロしたかのように穏やかな改革。しかし、温厚な人柄に秘められた強い信念のもとに、市長就任以来およそ12年間にわたって着々と進められました。

 

「 三豊には誇れるものなんて何もない 」 という市民に対して、浦島伝説発祥の地ともいわれる瀬戸内に面した温暖な気候・風土、素晴らしい風景、そして何よりも温和な住民同士のつながり等々、 「 誇れるもの 」 は身近に豊富にあるではないかと提示して、根気よく意識改革を続けて来られました。

 

三豊市民の意識は徐々に変わりました。

 

「 少子高齢化社会 」 が予想どおり、あるいは予想以上に進み 「 地方消失の危機 」 さえ叫ばれる日本において、一地方都市である三豊市も先細りは避けがたい事実。

 

それを避けるには、三豊市に人を呼び込むことである。まずは三豊市の存在を市外、そして県外へアピールすることが必要だが、県外では 「 三豊 」 を 「 みとよ 」 と読めない人が多いことに気づき、 「 知名度向上 」 を図ることが大切であると考えられました。そのためには情報発信力の強化を重視され、公式サイトなどウエブサイトの充実に力を注がれました。担当する企画職員などの能力を引き出し、経験させて自信を持たせることにより市の職員の意識改革も行なわれました。それが広報紙の全国ランキング・トップの常連となるなどの成果につながりました。

 

それまでは市民には当たり前だった 「 父母ケ浜 ( ちちぶがはま ) の夕景 」 が 「 インスタ映え 」 の時流に乗る形でTVでも採り上げられるところとなり、全国的に知名度がアップ、県外からも多くの人が訪れることに繋がりました。

 

 【 インスタ映えする父母ケ浜の写真例 】

 

 

   

 

1期目の4年間を地ならしに費やし、2期目に種を蒔き、3期目に待望の実りの秋を迎えて収穫。横山市長の功績は大きいと思います。

 

ところが、この横山市長が2か月足らず前の11月3日に急逝されたのです。

 

今年満69歳を迎えたばかりの横山市長の継続を多くの市民も願っていたと思われますが、4期目は出馬しないと9月議会で宣言されていました。たとえ三豊市のトップから退かれるとしても、まだまだ別の立場でのご活躍を期待していましたから、永眠されたとの連絡を受けたときは、あまりにも突然のことで俄かには信じられず、というより 「 信じたくない 」 という気持ちから、私の中で受け入れがたい出来事として無力感を味わうことになりました。

【 最下段に三豊市議会での横山市長不出馬表明答弁映像 】

 

身近な人を失ったときに感じる 「 ○○ロス 」

2か月以上経った現在に至るまで、生前のお姿や穏やかだが信念が感じられる語り口などが浮かばない日は一日としてなく、いわゆる 「 横山市長ロス 」 をいまだに引きずっています。

 

4月に父を失った私ですが、92歳の天寿を全うした父との別れも辛いものでしたが、私にとって今年最大の 「 ロス 」 は何といっても 「 横山市長ロス 」 だと言えそうです。

 

就任以来3期12年、1年365日24時間をプライベートを犠牲にして全力で三豊市のために尽くして来られた横山市長には、見た目以上に消耗されていて、すでに病魔と闘うパワーが残されていなかったのかな?と考えると残念で悔しくてなりません。

 

横山市長の死去に伴い、来年1月の予定を繰り上げて12月24日に行われた市長選で後継の市長が決まりました。今は、愛する三豊市の行く末を、雲の上から、いや、三豊市の名所のひとつである 「 紫雲出山 ( しうでやま ) 」 の頂きに腰を下ろして、眼下に広がる讃岐平野を、三豊市内を眺めて、見守っておられるのかもしれませんね。

 

 

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▼ 昨年秋に開催された瀬戸内国際芸術祭の粟島会場にて撮影した写真。横山市長の隣の女性は 「 漂流郵便局 」 の作者 の久保田沙那さんです。

 

在りし日の横山市長

 

 

▼ 横山忠始著 「 地域内分権で地方消滅を跳ね返せ! 」 ( ぎょうせい ) https://shop.gyosei.jp/index.php/products/detail/9212

 

 昨年お会いしたときに頂いたものですが、遺作となってしまいました。

 

 

▼ 三豊市映像配信

http://www.mitoyo-city.stream.jfit.co.jp/?tpl=play_vod&inquiry_id=102

 

亡くなるわずか2か月前の三豊市の9月議会において、議員からの質問に対する答弁の形で12年間の総括と退任を表明 したときの動画です。( 7分経過頃から約7分半 )

 

「 市長の適正期限は3期12年との思いが強い。ここまで誰にも話すことなく、精いっぱいの努力を続けてきたが、今期で市長職を退任させていただきたい。どんな懇意な友達よりも、どんなにお世話になった人よりも、三豊市の将来を最優先で選択する。そんな私利私欲のない、三豊市に熱い思いと深い愛情を持ったリーダーが引き継いでくれることを切望する

 

心残りもあることでしょうが、後は後継の市長に任せて、どうかゆっくりお休みください。 心からご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

 

 

           ペタしてね

 

厳しい寒さの中で迎えた今朝の大阪。最高の日の出が見られました。

 

大変ご無沙汰しております。お久し振りです。

お元気にお過ごしでしょうか?

 

数えてみたら今年に入って15回目の更新となりますから、今年が終わろうとしているこの時期で辛うじて月1回強のペースを保っているということになりますね。けれども、前回更新が9月中旬の秋のお彼岸の頃でしたから、じつに3か月ぶり?ということで、単に久し振りというより、超久し振りとでも言った方が適切かも?なにしろ、いざ更新しようとしたら更新方法すら思い出せず戸惑う始末ですからね(^^ゞ

 

また、ブログ更新だけでなく、今月に入ってからはこれまで続けてきた 「 ブログ訪問 」 と 「 ペタ 」 「 いいね 」 等々もサボっています。

 

「 ピグ 」 は細々と続けています。 「 きたよ 」 「 グッピグ 」 は惰性で。。。

「 庭 」 や( Ameba 的には終末期の ) 「 街 」 、 ( ほぼ終わっている ) 「 島 」 もしぶとく(笑)

「 カフェ 」 や 「 釣り 」 「 カジノ 」 は元々放棄していますが・・・あ、最近は 「 パズルゲーム 」 に少しだけ嵌められてしまってますかね (^^ゞ

 

しばしば発生するアメーバの不具合に嫌気がさすこともありますが、それを乗り越えて続けて来ました。不具合には 「 狎れっこ 」 になりましたからね。 「 慣れっこ 」 でも 「 馴れっこ 」 でもなく 「 狎れっこ 」 に・・・。

 

ではなぜ、アメブロから遠ざかっているのか?

前にもこんなフレーズを使った 「 言い訳ブログ 」 を書いたような気がしますが、性懲りもなく今回も (^^ゞ

 

今年は春に父が他界。その葬儀や納骨、加えて秋に墓じまいを行なったりで、手間と時間を取られたことによって、気力・体力を消耗してしまったことが要因であることは否めないところです。

 

でも、体調不良が原因ではありません。決して絶好調とも言えませんが・・・。

 

たまにピグで遭遇またはすれ違う方はともかくとして、ブログメインの方には、ずいぶん長期間ペタが途絶えているけれど、何かあったのだろうかとご心配くださっている方もいらっしゃるかもしれませんね。まあ、取り越し苦労だと思いますが、、、ご安心ください!生きてますよ!!(笑)

 

可能な限り 「 いいね 」 でつないできた訪問先 ( ブログ ) もありますが、今月に入ってから 「 ペタ 」 は途絶状態。10日以上も・・・この更新をアップしてから、ぼちぼちブログ訪問を再開したいと考えています。

 

何しろクジラ並みのロングスパンの息継ぎブログのことですから、再び深い所まで潜ってしまう可能性が大。ロングスパンの記録を更新してしまう恐れもありますので、どうか期待しないでお待ちくださいね。

 

深く静かに気長~に・・・

 

残り3週間足らずとなった今年ですが、充実した年末をお過ごしになられますようお祈り申し上げます。少々フライング気味ですが、みなさま良いお年を!

 

 

ペタしてね

 

秋の彼岸が近いことを、昨日教えてくれました

今年も咲いた道端の彼岸花

律義な花です

 

 

 

ペタしてね