立春前後 | キッチンラーメンのブログ

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思いつくまま、つれづれに

『明日は立春ですが、その前日である今日は節分。各地で今年の恵方とされている南南東を向いて太巻き寿司を丸かぶりされている頃でしょうか?』

という書き出しで、一昨日ブログ更新しようと思ったのに

『今日は立春。昨日の節分には・・・』

に変更しなければならなくなり、そしてついに、

『昨日は立春でしたが、その前日の節分には・・・』
に再度変更して書かなければならなくなってしまいました。

みなさんお元気ですか?私は不覚にも風邪をひいてしまい情けない状態です(笑)

さて、節分の風習?として全国区になった感のある『恵方巻き(太巻き寿司)の丸かぶり』ですが、私が子どもだった頃にはなかった風習だと思います。

この風習が広まった経緯については諸説あるようですが、江戸時代の花街で行われていたものを、大阪の海苔問屋協同組合が海苔販売の促進活動の一環として、すし組合と連携して催したイベントが全国展開のきっかけになったらしい。

このイベントが行われた当時、ニュースで採り上げられたことを覚えているのですが、たぶん私が成人してからのことだったと思いますから、それほど昔からの風習ではないようですね。えっ、十分昔じゃないかって?(泣)

『恵方巻き』にしろ『バレンタインデー』や『ホワイトデー』そして『クリスマスケーキ』等々。商魂たくましい商人発案の匂いがプンプンしますね(笑)

節分には他にも、焼いたイワシの頭を柊の枝に差して玄関先に飾る『柊鰯(ひいらぎいわし)』の風習がありますが、もしかしたらこれも、イワシ販売業者とヒイラギ販売業者の合作かも?(笑)

ただし、『柊鰯』に関しては平安時代からの風習という説もありますから、単なる冗談と受け止めてくださいね。(*゚ー゚)ゞ

それはともかくとして、私の子供の頃の記憶を辿ってみると、節分と言えばやっぱり『豆まき』でしょうね。

毎年節分の頃には鬼の面を作りました。

昔と違って「子供に優しい(甘い?)父親」が多数派であろう今の時代では、父親が鬼の役をするのは当たり前の光景のように思えますが、私が子どもの頃はそうではなかったようです。他の家庭のことはよくわかりませんが、私の父が鬼の面をかぶってくれた記憶はありません。鬼の面を被る必要がないくらい怖かったのかも?( ´艸`)

誰が鬼の役をしたのかはよく覚えていませんが、豆まきの後、歳の数だけ豆を食べるのが楽しみでした。

このときの「歳」は『数え年』でした。

生まれたときを1歳として数え、年が明けるごとに1歳加えるというのが「数え年」です。
極端な例ですが、大晦日の12月31日午後11時55分に生まれた場合、年明けの翌日1月1日には2歳になります。この世に生まれてたったの5分で2歳というのは可哀想だし、どう考えても矛盾を感じますよね。

でも、節分の豆に関して、『数え年』は私にとっては嬉しいことでした。満年齢より1つ多い数の豆が食べられるのですから。今のように美味しいお菓子がいつでも食べられる状況でもなく、炒った大豆でも貴重なおやつでした。それが、本当は3つのところが4つ。4つのところが5つ食べられるのだから、なんか得した気分に。(自分に3歳、4歳の頃の記憶が残っているのに少し驚いています)

「それにしても大人はいいなあ」と羨ましく思ったものですが、十分過ぎるほど大人になった今となっては「それほどいいものでもないよ。歯も弱ってきて大変かも?」と当時の自分に言ってやりたいですね。

子どもの頃は、翌朝、部屋の片隅に落ちている豆を見付けて食べるのも楽しみでした。兄弟で競って探したりして。(笑)今の時代ならば、いわゆる「3秒ルール」にも該当しませんから、食べることは許されないかも?ですが。

今年は豆まきにも恵方巻きのイベントにも縁のない立春。部屋の中を見回しても落ちている豆が見つかることはありません。

鼻水が止まらない、というか鼻から水が止まらない悲惨な状況下。部屋に落ちている豆ではなく、ごみ箱にてんこ盛りになったティッシュの山を見つめながら昔のことが懐かしく思い出されます。

果たして、鼻水の原因は鼻風邪だけなのでしょうか。。。(゚ーÅ)


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