W-GYMというパーソナルトレーニングジムの代表を務めておりますが、毎週金曜日は神戸にあります、Body Make Studio Principal にてパーソナルトレーニングセッションを提供しております。

そちらの代表トレーナー松下氏とは何かと仲良くしておりまして(付き合ってはない)、よくお茶したりランチしたり飲みに行ったりして色々と駄弁っております(付き合ってはない)
↑松下幸広さん。世界で1番有名な松下さんと名前が似ておりますね。


そんな松下氏と、旧暦の神無月が明けるのに合わせて神社巡りでもしようと三重県へ2人きりでドライブしてきました(付き合ってはない)

神社とか神話とかそう言った類のものに一定の理解はあったとしても、こういったものにより詳しい方と巡るとよいですね。
巡るスポットも全て松下氏のチョイス。
流石、色々調べておられるのでよい流れを作られます(付き合ってはない)

月讀宮

伊雜宮

天の岩戸

椿大神社


私たちのように社寺仏閣巡りをする方は多いでしょうか。
観光地巡り的に楽しむ方も、信心深く詣る方も、皆それぞれに意味があってよいのではないでしょうか。
もちろん、そんなとこ別に興味ない、っていうのもアリだと思います。

私の浅はかな見解では、ざっくり以下のような感じ。


神は存在するだろう
信じるかどうかは自由。
目に見えないものはある。
信じるかどうかは自由。
ここに神がいる?いない?それとも?


歴史に大きな捏造があるだろう
ただし、正しいであろう方向性であっても解釈の仕方は人によって微妙に異なる。
特に神話レベルになると解釈の仕方次第で何とでもなる。
結局信じるかどうかは自由。
↑教育勅語。捉え方次第で何とでも言えるの典型ですが、ちゃんと捉えてから論じようか。


完璧なものなどないだろう
よく分からないものばかり。
何ならよく分からない方が良いことの方が多い。
↑よく分からんけど自然ってスゲー。


解釈を創造することだろう
誰かが言ってたその話を鵜呑みにして信じるのは盲信。

信心というのは多少の疑念があってよい。
ちょっと突っ込みどころがあるぐらいの方が信頼できるってこと。

スピリチャルな世界観を持っている人も、目に見えるものしか信じない人も、誰も信じられない人も、皆んな正解だと思う。
↑初めてこういうのを買った。安かったから。笑
それでも「信じる者は救われる」かもよ。


信心なんて人によるだろう
だからもし間違いがあるとすれば、自分が絶対的存在で何よりも正しいと思うことでしょうか。
調子に乗ってはいけません。
自分で自分を神格化するのも違うでしょうかね。


さて、運氣があがってきたところで、年末ジャンボでも買うか。