野蒜地区巡拝は、バスの号車毎に列を組んで一列で歩いていましたが、海岸にほど近い鳴瀬第二中学からは二列になり、会奉行の先導で、立螺師が先に立っての行脚です。
そして、短い距離ではありますがここからは車も通る道を歩きます。
やはり復興真っ只中のこの地。
東松島市関係の工事はストップして頂いていましたが、その他の工事も多々あるようで、ダンプがやはり通りますが、列奉行の心遣いと、全員が注意を払って歩いていたので順調に海岸へ到着しました。
野蒜海岸は幾度となく下見のために訪れていましたが、何れの時も風が強くて、それが心配材料の一つでしたが、なんと本番が一番風が弱かった気がします。
まるで私達僧侶に、どうか集中して拝んで下さい。とでも語りかけてくるような野蒜海岸の風を感じながら海岸に入りました。
海岸はそれはそれは綺麗に整備されていました。
沢山の地元の方、業者の方が協力して綺麗にして頂いたものです。
正に清らかに荘厳された海岸道場でお勤めをさせて頂ける事に感謝しながら法要は始まりました。
法要は海岸に座ってお勤めします。
記念品でもあるこの風呂敷に座してお勤めしました。
菩薩が蓮華座に座るようで、少し気が引けましたが、座ってからは不思議と集中が高まった感がありました。
(写真は事務局から頂きました)
こうして整然と並んで法要が出来るのもキチッと地割をしていただいたお陰です。
最初は咒頭の声に合わせて光明真言をお唱えします。
程なく咒頭の声は止まり、それぞれ一人一人が思いを込めて光明真言をお唱えしていきました。
最初はご詠歌の鈴鉦の音、時に強く吹きつける風の音、空を切り裂くようなブルーインパルスの音、波の音が聞こえ、ここに大津波が来たのかと思うと、またしても涙が出ましたが、ある時から周りの音が全くの聞こえなくなっていました。
沢山の人がいるはずなのに、それも見えなくなり、空と海が一体になって見え、そして自分一人が海岸に座ってお経をお唱えしている。
そんな感じだったと思います。
(無意識なので何とも言えないところもありますが。)
その状態が何分続いていたかはわかりませんが、気が付いたら最初より相当早口で光明真言をお唱えしていました。
そして、我に返って程なく、法螺の合図が入りましたので、法螺を立て、光明真言をお唱えしながら、加持土砂を海岸に撒き、法要は終わりとなりました。
(写真は事務局から頂きました)
写真の通り、実際は大勢の人が綺麗に座ってお唱えしているのですよね。
法要の最後に全真言宗青年連盟の理事長の一般の皆様への謝辞を聞いてまた涙が出そうに。。。
終わって、今一度隊列を組み、法螺貝が鳴り響く中、職衆が海岸を出て、全ての法要は終わりました。
終わってみて、もう少しやり切った感が出るのかと思いましたが、それよりは、もう真っ白といった感覚でした。
バスへ戻り、全員いるか確認して、再びホテルへ戻りましたが、暫し頭の中が真っ白になっていた私は、バスの中での最後の挨拶は吹っ飛んでいました。
副班長に促されて、やらなきゃと思った次第です。(。-_-。)
副班長様有難うございました。<m(__)m>
バスは無事にホテルへ戻り、続けて閉会式です。
開会式に続き、閉会式も司会を担当しました。
真言宗青年連盟の副理事長、大会実行委員長、そして次年度担当会派の会長の挨拶、それぞれ熱い思いを語っていました。
去年の新潟結集の時、私の挨拶は開会式でしたので事前の準備をし過ぎて⁇長くなってしまいましたが、今回の実行委員長は謝辞ということで、大会を終えるにあたり、その場で考えて喋ることが求められていたと思います。
私が言うのもなんですが、素晴らしい謝辞だったと思います。
それぞれに素晴らしい言葉を聞いて結集宮城大会はお開きとなりました。(続く)
この法要の様子はテレビでも紹介されました。
翌日の14日のフジテレビの昼のニュース(全国版)でも放映されました、参考まで。