いつもありがとうございます。
デイサービスのアイドルを目指す
まえぽんです。
正直なところ
この〝目の話〟と言うカテゴリーで
この様な話題を書く日が来る事はもう無いと思っていました。
発端はここから…
約6年前です。
とても頼りにしていた連続装用可能コンタクトレンズが生産、発売ともに終了となった事で私の生活は一変しました。
大げさに聞こえるかもしれませんが
私は自分の人生をかけて
このテーマと向き合ってきました。
自分の眼の病気のことを認識していなかった無知を恥じました。
そして、何より
何もしないで後悔することだけは
したくないと強く願いました。
いろいろと調べて
ここはと思う病院を訪ね歩き
医師と会いました。
どんなに医学がが進んでも
どんなに時が経っても
私の時間は、止まったままでした。
寄り添ってもらうこともなければ
話を聞いてもらうこともない
夢のような理想だと
できるはずがないと
諦めたほうがいいと
それを言われ続けて
ペシャンコな気持ちで帰路についた事は
数えきれません。
そんな私でしたが
ようやく
答えを導き出すことが
できました。
諦める事はしませんでしたが
もうこれ以上は無理かもしれないと
本当に心が折れかけた時でした。
私はその医師の扉を叩くため
仙台に飛びました。
いくつもの検査
記憶が飛びそうになるほど集中しました。
どうか隅々までご覧になってください。
私の眼と、真摯に向き合ってくださるドクターが無理だと仰るのであるならば
甘んじてお受けします…
そんな覚悟を決めていました。
判断材料となる
全てのデータが揃い
診察となりました。
なるほどね…
先生の第一声はそれでした。
私にとってそれは想定外の反応でした。
全て断られて
流れ流れて仙台まで来ました。
むしろサッパリした気持ちで
そう話している自分がいました。
確かに…
これは大変だね
でも、
何とかしてあげたい。
先生のこの言葉も想定外でした。
この言葉を口に出してくれるドクターが
いるなんて実感が湧かなかった…
それほど私の気持ちは疲弊していたのです。
一般のレンズを削って小さくする。
え?
と一瞬自分の耳を疑いました
そんな事ができるんだろうか![]()
既存のレンズしか扱えないものだと思っていました。
このクリニックには、
レンズを作る業者とのパイプが有ると言うのです。
そんな病院がある事を初めて知りました。
白目にミリ単位の穴を開けて
黒目にしっかりとレンズを縫い付ける
衝撃的な言葉でした。
ただし、
レンズはオーダーメイドになるため
高額。
おそらく車が買える程でしょうね。
他にもリスキーなハードルがちらほらありますが
それでも
理論上な可能な手術
なのだと説明されました。
費用のことも含めて
ドクターと
レンズを作る業者との交渉の後、
レンズの制作
具体的な術式が組まれ
これが順調に進んで初めて
手術が可能となります。
同意書が3枚、手元に来ました。
怖いことばかり書いてあります。
思い当たるリスクは、全て書いてあるのでしょう。
確かに…
以前に患った婦人科系の癌の手術の同意書には、少なくとも3つ位は〝死〟を連想させるワードが書かれていました。
ですが…
今回は正直なところ、
その手術よりも怖いのです。
勇気だ…私
先生を信じるって決めた心は揺らがない。
怖いと思うのも素直な自分。
全部受け止める。
そう決めたら、腹が決まるんだよ✨
そのために私は闘って来たのだから
それを願って来たのだから
いざという時
何かがやって来た時
大きな壁が立ちはだかる度に
逃げないで正面から乗り越えて来た母の事を思い出す。
そうだよ、幸子さん
私、漸くここまで来たんだね


見ていてよ、幸子さん
ここを飛び越えて
素晴らしい景色を私は見に行くから。
何のための手術なのか
これを成し遂げて私は何をするのか
私の宿命転換への闘いは
まだ始まったばかりです。
🍀まえぽん
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