精神的なキャパシティは本当に慎重に扱わねば危険である。もっと出来る筈だ、もっと劇的な変化を、もっと卓抜の滔々たる喜悦を、ともっともっとと求めすぎたら行動自体に不満を抱き、自分の熱量に相当する収穫も得られなくなる。結局のところ、期待しすぎず、淡々と過ごすくらいの心づもりの方が結果的に得をする。与えた愛が返ってくる場合もあれば、漁夫の利を得る場合もある。

  キャパシティの質に変化はある。ネットイコール現実ではない事、醜怪な愚民衆愚が跳梁するような事には思えなくなった事。極端な妄想。非常に馬鹿馬鹿しい奇想天外な事が統合失調症の代表的なバイアスの始祖となっている事はもはや疑うことが出来ない。色んな当事者、健常者だってそうだ、艱難辛苦あるだろう、鋭意努力しても得られないのなら祈ろう。祈りの力は各々のキャパシティの、聖俗の実力となる。