母校でのマエセン生活は順風満帆でした。
マエセン30歳!
突如、教師人生に転機が訪れました。
少子化によるこどもの減少、
近隣に有名私立大学の併設小学校開校 汗
そんな中で母校に新しくできた
募集広報を担当する部署の責任者に
ノウハウも情報も何もない中で
毎日新しい発見と出会いがあり
充実はしていたものの…
「何のために先生になったのか」
そんな思いとの葛藤の日々が始まりました。
しかも!
職場では、これまでなかった業務ができたことで
猛烈な反発が巻き起こります 汗
いつの間にか孤独を感じる日々が続くことに
厄年でもないのに笑
32歳の春
忙しさで、眠れない日々の中
いよいよ心身が悲鳴を上げ
学校でバタリッ!
3か月の長期休養に
担任を交代してもらうという
ご迷惑を掛けたにもかかわらず
ずっと支えてくださったのはK先生でした。
療養中は恩師I先生
初代教頭のM先生
同級生や卒業生にも励ましてもらいました。
なかには私を見舞って
家の掃除をしに来てくれた教え子や
「俺はマエセンのクラスの卒業生やから
マエセンが学校やめてもずっと付いて行く」
と熱いメッセージをくれた教え子もいました。
まぁ、辞めるつもりはなかったのですが…
その後みんなの支えもあり
復帰したぼくは
順調に成果を上げることができました。
まさに怪我の功名?塞翁が馬?…
37歳で学校経営に携わることになり
それを機に一担任ではなくなりました。
そしてこれからは
「管理職として貢献しよう!」と
迷いも吹っ切れました。
土日も関係なく
できることはすべて遣り尽くすつもりで
猛烈に働くようになりました。
しかし
その代償は家族との別れ
という形で払わなければなりませんでした。
つづきは明日へ!