今朝、いつもの道を歩いていたはずなのに、どうにも理解が追いつかない光景に出会った。道端に伸びる影が、僕よりも一歩だけ先に動いていたのだ。自分の歩幅より半歩ほど早く進み、まるで行き先を案内するかのように形を揺らしていく。その瞬間、妙に胸がざわついた。影というのは自分の後追いをする存在のはずで、先回りされるなんて考えたこともない。それでも僕は足を止めず、その奇妙な影の後ろをついていくように歩き続けた。
しばらく進むと、影の輪郭が少しずつ変わり始めた。本来なら腕や頭の形がはっきり残るはずなのに、そこにはなぜか四角い角のようなものがちらついた。見覚えのない形状のはずなのに、不思議と懐かしさを感じた。過去の記憶のどこかに埋もれている、幼い頃に触れた何かの気配のようだった。影は揺れながら先へ進み、その度に輪郭も揺れて僕を挑発しているように見えた。
影が僕をどこに連れて行くつもりなのか気になって、歩幅を少し大きくして追いつこうとしたが、なぜか距離はずっと一定のまま縮まらなかった。まるで触れさせないための見えない壁があるようで、僕はただ追いかける存在になっていた。気づけば周囲の音が薄れていき、車の走行音も人の気配も遠くへ押しやられていた。影だけが鮮明に見え、僕の世界から他の要素を一時的に奪っていくように思えた。
ふと、影が急に立ち止まった。その瞬間、僕も足を止めてしまった。影が止まれば当然僕も止まるはずなのに、僕より一足先に動き始めていた影が止まるというのは、なんとも奇妙な同期の仕方だった。影の輪郭はさらに変わり、僕の形とは似ても似つかないシルエットになっていた。だが不気味という感覚はなく、むしろそこにあるメッセージを読み取りたい衝動のほうが強かった。
影は止まったまま揺れ続け、それがまるで「ここからが本題だ」と言っているかのように見えた。僕は深呼吸をして、影と同じ角度で太陽を背負うように立った。すると影の形がふっと軽くなったように感じ、再び僕の影と同じ輪郭を取り戻していった。そこにあったのは、僕自身の形でありながら、さっきまでの奇妙な旅の記憶をすべて含んだ影だった。
その瞬間、影が先に動いていた理由がなんとなくわかったような気がした。あれは、未来の自分の影だったのではないか。少し先を歩き、まだ体験したことのない自分の姿をちらつかせながら、そっと導いていたのではないか。そう思うと不思議と気持ちが軽くなった。今この瞬間の自分がどんなに足踏みしていても、影だけは前に進んでくれるのだとしたら、それは心強い。
気づけば周囲の音が戻り、通り過ぎる人の気配も、遠くの風の揺れも、いつもの朝のままだった。ただ一つ違うのは、自分の影を見た時に少しだけ未来の予感のようなものを感じるようになったことだ。今日の影は後ろを歩いているが、明日はまた先に動き出すかもしれない。そんな予感を抱えながら、僕はこの奇妙で少し嬉しい朝の出来事を胸にしまった。