私は努力は嫌いではありません。


しかし、「努力」という言葉は言い訳にも使われます。


例えば


「あれだけ努力したのにダメだった」


「売上が目標に到達しなかった。でも努力した」


努力を自分から語ることができるのは、


結果を出した人だけなのでしょう。


努力には価値がない。


しかし努力で出した結果には価値があると思います。


私も努力好きで、


ここまで言い切るには勇気がいるのですが、


あえて自分に言い聞かせたいと思っております。


『努力を語れるのは、結果を出した者のみ』



さらに、努力の弊害として、


努力家は周りにも努力を求めます。


私自身もこれで失敗したことがあります。


前職で役職に就いたばかりの時に、


部下に努力を求めました。


部下にとっては「おせかい」でした。


当然、求めるべきことはめとめないといけないのですが、


必要以上になると部下も窮屈に感じるでしょう。


皆さんは自分自身以外に努力を押しつけてませんか?