とりあえず、私が何でこのブログを開設しているのかということを、一応改めて書いておく。

ここのブログに書いている内容は、このブログを定期的に読んでいる、特定の人間を対象にしているものではない。

私が持っている情報を欲している人が世界中に1人でもいれば、情報をブログに公開することにより、検索エンジンでヒットして、何らかの参考にして頂ければという気持ちからである。

長崎大学の吉岡真史教授に対する私の意見を何回か書くことになるかと思うが、これも、吉岡真史教授に対する私なりの評価を書くことにより、吉岡真史教授という人が客観的にどう見えるのかという、参考にして頂きたいというのが目的である。

長崎に住んでみて思うのだが、長崎ではアカデミックな専門教育を受けた人が非常に少なく(例えば経済学の大学院博士課程を出た人は、長崎大学以外には、ほとんどいないであろう。)、そのため、大学教授の言うことであれば、盲目的にその言葉をありがたく受け取る人が多いように感じる。そこで、大学院での専門教育を受けた私から見て、吉岡教授の言動がどう感じられるのかをブログに書くことは、地域の人にとっても参考になるのではないかと考えている。


では、その参考になるブログのURLを再掲する。
http://pokemon.at.webry.info/201007/article_9.html

この中に、『長崎に観光スポットがいっぱいあって、まとまって3-4泊して滞在するような魅力があるかどうか、はなはだ疑問です。半日ほどで回り終えそうな気がします。』と書かれた部分がある。

もちろん、吉岡教授がどう考えようと、それは自由である。自分が思ったことをブログに書いても、それも自由だ。しかし、地位と名前を明かしたブログで発言するには、自分の立場というものをわきまえる必要があるのではないだろうか。

私は京都に何度も行ってる。著名な観光地はたいてい行った。その上で思う。京都って、いったい観光地として何の魅力があるんだろうか。私が京都の観光地に行ったのも、別件で京都に行ったついでに観光地に寄っただけ。わざわざ観光で京都に行こうとは全く思わないし、京都に来ている観光客も、「京都」というブランドだけで行っているんじゃないかと思う。京都を観光する価値を全く見出せないし、それこそ京都の観光地なんて半日ほどで回り終えそうな気がする。

こういう話を、私のような一庶民が話すのは勝手だと思う。しかし仮に私が京都大学経済学部の教授で、京都の都市経営戦略策定検討会のオブザーバーだったら、そうは思っていても、公の場で上のような意見を書くことはない。もし書いたら、京都の経済界からどういう目で見られるだろうか。それ位は想像する。

そもそも私はこんなブログを書くような人間であるから、私自身一般的に言う社会性を持ち合わせているかといわれると、自分でも疑問だと思うが、そういう私でも、自分が発言力のある地位に立てば、立場をわきまえた発言をしなければいけないと思っている。

では吉岡教授の場合はどうだろうか。もちろん大学教授として思ったことをブログに書くのは勝手である。しかし吉岡教授は、長崎の都市経営戦略策定検討会のオブザーバーなのである。そういう地位にある人が、上に挙げたような意見をブログに書くのは、人間としていかがなものだろうか。

私は京都には住んだことがないからわからないが、もし京都で吉岡教授のような発言をしたら、地元で袋叩きに合うんじゃないかと思う。長崎だから許されているだけであって。