北斎と蔦重と謎の絵師・14 | GENのブログ

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   数日後、意を決した春朗日本橋は書肆、耕書堂の前に立つ。

手に持ちたるは証拠の宣伝絵役者似顔なり。実はこれより(さかのぼ)ること一週間前のことにて何処で居所突き止めたるものか突然蔦重の使いの番頭長屋に現われ版元直々の商談ありしこと告げたり。一度都合のよき日を選びて來肆のほど案内を受けていたり。

残して置きし絵の一部懐に入れ今蔦重に会わんとす。恐らくは勝川春朗と見破られん覚悟のうえのことなり。

部屋に通されて待つこと暫しやがて現われん蔦屋重三郎のやつれたる容貌一年有余ぶりに拝せん。

「只事ならぬ腕と見受けたる由、やはりそうであったか」

江戸浮世絵界の隅々まで其の絵師の名知らぬ蔦重に非ず。宣伝絵を見て其の正体口には出さず大方の見当は既に胸のうちに抱いていたり。即ち去年末の勝川派大御所春章逝去のあと、門下の動静版元の耳に入らぬはずはなく行方暗ましたる春朗の件、此の絵に出遭わなければ忘れ逸していたかも知れぬ。即ち蔦重直感していたり。

「おぬし、勝川派春朗で御座ろう。どこに姿を隠しおる」

観念したるは承知のうえ春朗の答えん。

「八丁堀の裏筋にて暮らしております」

「錦絵に画風の刷新を図らん絵師を求めている。今回偶々(たまたま)、此の画拝見するに過去の型打ち破りたる趣きのあらんこと大なり。是れは其の新しき筆致の先駆とならん予兆のありき。なかんずく其の才腕を他版元に先駆けて拙肆に預けてもらえぬか」

過去の役者絵すべからく大首絵にて描かれたり。役者の仕草手振り関心なく似顔より容姿に力注ぎたり。ゆえに蔦重或る思いの閃きを捉えたり。即ち春朗の宣伝絵を見たがためなり。

「見たところ此の筆法は中見。其は過去にあるも今の主流は見立にて描かれん。而して役者の表情、どの錦絵も一様にして変わらず。今後は此の絵にあるように中見にて描かれし役者似顔を出さん」

小紫の言いしことに偽りあらず、蔦重の賭けたる意欲真に迫りて愈々春朗の再び浮世絵界へ復帰せん機会の訪れたり。而して懸念するは今学ぶ俵屋門下光琳派の門是の重圧なり。

「実は今は潜伏同然にてしかも俵屋門下光琳派の絵を学びたり。役者絵描くは除名の対象、描き手隠す手段をご考慮いただければ」

「約束せん」

即座に蔦重の答えたり。

「将来永劫にわたりこの件、黙すこと約束せん」

其の声低く搾り出すように聞こえん。過去の処罰で地獄を経験した身、生半可な返事にみえず、苦難受けし蔦重の真意が伝わるなり。

  師走はまもなく訪れんに果たして都座の上方歌舞伎の公演の行なわれしや。一方で春朗の胸中は複雑なり。十郎兵衛の謎の失踪は気懸かりなり。