第三十回
夏休みの期間中、仁村は佳世子さんと青春を謳歌したらしく、九州での破天荒なバイクツーリングを敢行し、ときには衝突事故、横転事故などを次々と喝破しながらも無事、帰還した。二人とも傷だらけの格好でキャンパスに姿を現わしたが、ヤンキーの風貌いっそう冴えわたり、包帯をして片腕を吊るす仁村のニキッと笑う顔に不純さは少しも感じられなかった。
「どうだい?蘭さんとは」
「いい感じなの?」
佳世子さんも左足を骨折したらしく、いまだに松葉杖姿ではあったが真っ黒に日焼けした顔に快活な笑みを覗かせ話しかけてくる。
「ええ。まあ」
健太郎は芝生に寝転がったまま、秋の空を見上げていた。いつもの七号館前に依然とかんらん寮の「闘争委員会」の立て看が掲げられていて「粉砕!当局の欺瞞、許すな教授会の慣行主義!」等々の殴り書きが踊ってっている。その前を何気ないふりをした学生たちがソワソワ、ヒソヒソ、ゲラゲラと笑いながら通り過ぎていく。みんな前期試験を目前に控えて猛勉強の形相をそのソワソワ、ヒソヒソ、ゲラゲラのなかに潜めながら足早に去っていくのである。
三人はそれとは無関係に昼下がりのキャンパスで憩うのであって、それは貴重な再会の場を楽しんでいるのだ。仁村と佳世子さんは過ぎ去った灼熱とスリルと性の夏休みを、そして健太郎は東京湾横断セーリングの波と風の音を…そしてさらに新たな焦燥とを抱え込んで…
サンテグジュぺリの作品のことが頭から離れなかった。蘭がつけた傍線は「赤べこ」の金縛り的以上に新鮮かつ明瞭な衝撃といえた。
その要するに言いたいことは例えばあのキツネの文章の次に引かれている箇所を目にするともっとも鮮明となるのであった。
つまりその箇所とは。
「あんたたちは美しいけど、ただ咲いているだけなんだね。あんたたちのためには、死ぬ気になんかなれないよ。そりゃ、ぼくのバラの花も、なんでもなく、そばを通ってゆく人が見たら、あんたたちとおんなじ花だと思うかもしれない。だけど、あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなよりも、たいせつなんだ。だって、水をかけた花なんだからね。覆いガラスもかけてやったんだからね。ついたてで、風にあたらないようにしてやったんだからね。ケムシを(二つ、三つはチョウになるように殺さずにおいたけど)殺してやった花なんだからね。不平もきいてやったし、じまん話もきいてやったし、だまっているならいるで、時には、どうしたのだろうと、きき耳を立ててやった花なんだからね。ぼくのものになった花なんだからね」
と、王子さまがバラの花たちに言う場面であり、そこに引かれている傍線をも合わせて蘭のコメントは書かれたものと思われ、先のキツネの文章と照らし合わせるとつまり「たったひとつのもの」の経緯がよくわかる。
「頭を刈って決別じゃないのね」
佳世子さんが上から顔を覗き込んできた。
「うむ。まあ」
「そう」
佳世子さんはホッとするかのごとく、一瞬にんまりしたあと再び仁村のほうへ向きを変え、再び話の続きを始めた。
佐世保のバーガー店のあの味はよかったとか、港の倉庫裏の落書きは逸品だったとか、国道××線のガードレールの角度は三次元の世界だったとかetc。
健太郎は聞くでもなく耳を傾け、相槌を打つでもなく打ち、秋空を眺めつづけた。
確実にこころはまっすぐ清純に伸び、その蕾を膨らませつつあった。蕾は反乱を起こすのでもなく、丹念に清涼な水を与えられ、茨から護られて育てられようとしていた。
驚くべきサンテグジュぺリの効用が健太郎の脳裏を駆け巡り、それはしばらく唖然として見守っていくしかないように思われた。
とにかく蘭の思いは一途で純白だと思わずにはいられなかった。