第十七回
仁村がよく行くという本牧の「赤い靴」というジャズ喫茶を一度見てみたかった。
とても例の決着は着けそうもなく、ヨット事件もベトナム支援もベーテェー問題も解決が見つからない状態がつづいたので、アルバイトもしなければならなかったのだ
がとにかく健太郎にとっては一時的な逃避がこの際必要ではないのかと勝手に決め込んだ。
で、「赤い靴」というところへ行けばきっと何かがあるだろうと思ったのだ。
そこは暗闇のなかで爆発音の鳴り響く知的のかけらもない空間であった。
真ん中にあるミラーボールが妖しく廻り…
サーチライトか線香花火か…
足踏み体操をしているのか、サル踊りか、阿波踊りか…
大音響のなかで外国人がたくさん身体をクニャクニャさせて賑わっていた…
「R&B」っていうんだよ。
ふと気づくと、チューインガムを噛みつつ健太郎の傍を離れず、しきりに腰をふっているあんちゃんが居た。
「へえーなるほどね」
健太郎は感心した。そして仁村がこのなかにいるのかなと思いつつ、そして佳世子さんも一緒かなと目を凝らしてみた。
しかし、わいわい騒ぐオカルト集団のような踊りの輪のなかに彼らの姿は見つけるとができなかった。あまりにも暗過ぎたし、点滅するサーチライトのおかげで焦点が合わない。
「兄さん、どこのひと?」
「だれ探してんの?」
まとわりつくあんちゃんがしつこく尋ねる。
なにさらしてんねん!このぼけが。
「ひとり?」
あげくには「ふられたの?」ってぬかしやがったんで、
そのあんちゃんを睨みつけ
「じやかあしいんじゃ!」
と、一喝して(っていうか心で叫んで)店を出た。
夜の港町に深い霧がかかり、健太郎の目に異様に映った。
やっぱり…雨か。
梅雨に入ったな…
孤独だった。
やっぱり孤独はいかん。決着はいかん。蘭を泣かせてはいかん…となぜか思った。
巷に雨が降るごとく…
わが心にも涙雨降る…
酔ったせいか、生意気にも寂しくなってヴェルレーヌの詩が口を衝いて出た。
彼女を泣かせてはいけない…
これを仏訳して蘭に手紙を書こうと思った。
それにしても仁村も佳世子さんも果たしてあんな場所でいつも遊んでいるのであろうかとふと思いつつ帰った。