会話はつづいていた。
拓馬は二人が覗き込む資料にただ無関心な眼差しを落としながら天童広太郎というその空間美術の異端児を観察していた。彼の放つ言葉には物理や光学や数値があらゆる箇所で弾け凄まじい勢いを有してそれを構成していた。何よりも展示する形象を理論が支えていた。芸術家というより論客だった。独創力というより計算による演出力を優先させていた。それらはすべて拓馬にとって不毛な領域に思えた。ところがイサオには新人類の視点にウマが合うのか反論すらしない。
依然と容赦なく拓馬の耳にこの新人類の言葉が這入ってくる。
「応用理論でいくとこの光線の力はこの着物の模様の影の部分の表現力に乏しくなりこちらの角度から当ててやると広がりを見せるわけで」
「うむ」
「しかし広がりの最も効果的なディスプレイとなるとこの模様を展開させずにこの色を無限に使い覆うようにして展示させるのが見るほうの関心を高めるのであって」
「うむ」
イサオはいちいちうなずいていた。しかし拓馬はその都度彼の使う用語に冷たさを感じた。空間美術の創造性とは何かに疑問を持たざるを得ない。彼は幻想を創り上げているのだがその核心に飛躍させていくための温かみがない。理論構成ばかりに囚われている感じがした。創り上げたい空間美術は描かれた資料においてのみ存在し実際の現物は彼の眼の前にもイサオの眼の前にも現存せずふたりにとっては視界外に置かれていた。それをイサオは賞賛に値する感嘆を洩らしつつ見入っているのだ。もっともそのことは承知していたに違いなかったがいち早く思いついた彼独特の奇才の眼はやはり前衛派や新人類をこよなく愛するといったほうがよかった。
拓馬は黙ってビールを飲みながら再三この計算され尽した空間美術を賞賛すべく自分の不毛の核をこじ開けようと試みていた。しかし彩色で覆われ光で構築される虚像の芸術を眺めていると何かが反発していた。その正体を同時に探りつづけていたといってもよかった。そしてそこには何よりも清澄な魂がこれを封じていたに違いなかった。
核が求めているのは理論ではない。例えば男衆の技のように古い伝統に秘められた美の感覚こそ拓馬にとっては魅せられる核であった。仄かな安堵感が包むなか依然と説明をつづける天童広太郎の空虚な声だけが拓馬の耳を通り過ぎていった。