今月は、8月15日に思ったことを。


 ここ数年、8月15日には南九州市で開催される「平和へのメッセージ from 知覧」の会場を訪れて、中高生などの平和へのメッセージを聴くことが恒例となっています。今年も、会場で若者のメッセージを聴いてきました。8月15日という日本にとっての特別な日に、先の大戦におけるこの国にとっての特別な場所「知覧」で、若者のメッセージを聴きながら、ふと、あることに思いを馳せました。若者たちから毎年この時期に「平和」についての思いを聴くけれども、私を含む大人たちも、もっと平和についてメッセージを発信するべきではないだろうか、と。終戦記念日の全国戦没者追悼式や広島・長崎の原爆死没者慰霊・平和祈念式典で首長や首相のメッセージが伝えられますが、日常的に平和へのメッセージ、思いを発することはそう多くないな、という気がしています。さらに、わが国で戦争、平和ということがクローズアップされるのがどうしても夏、8月に偏ってしまうことにも、ふと疑問を持ってしまいました。

 以前このコラムでも書いたと記憶していますが、「戦争」の反対は「話し合い」、「平和」の反対は「無秩序」である、と。平和の実現こそが人類にとって最優先事項であるとすると、平和とは日常と切っても切り離せない重要事項であり、私たちの暮らしの中に常にあるべき存在なのだと思います。「戦争と平和」という文脈だけではなく「日常と平和」という文脈も日頃から意識しておく必要がありそうです。暮らしの中での人を思う心、家族の関係、寛容さ、いろんな言葉が浮かんできます。日常の暮らしの中で、平和に思いを巡らす大切さを感じた今年の8月15日でした。

枕崎市長 前田祝成