お疲れ様です。
帰宅中のブロガーです。
さてさて、意味深な題名のブログですな。
妻の嫌いな哲学ネタです。
※あけみちゃん、おもしろくないから読むのをためらったほうが。。。。
ではスタート。
皆さん、大学を卒業して、同じ会社をスタートラインにして、
みんなが違う世界で働いていると思います。
社会人になって、4年目を迎えたわけで。
そろそろ、自分にとっての仕事は何か?
といった位置づけが決まってきたのではないかと思います。
僕にとって、
『自分にとっての仕事とは』
を考え始めた時期は社会人になっての11月くらい。
ちょうど会社の状況が最悪になり、広いオフィスから、
せまーい腐った、腐敗臭のすることがオフィスに移った頃、
会社のすぐ近くにあった、喫煙所となっていた公園で考えた。
きっかけは、
『仕事の定義がなければいまにも崩れそうな心境』
だったから。
社会人になって、スタートをすると決めた会社でやりたったこととは全く意図しない、
会社の経営ミスを一身に受けて作られた部署。
今考えれば、その時の部署があってこそ、今の自分があるのですが、
その時は気づくこともなく。
そんなに考えることなく結果は出たし、今も変わっていない。
僕にとっての仕事は、、、、、、
『存在価値の証明』
以外の何ものでもない。
だからこそ会社で一番になりたい。
稼ぎたい。
誰もできないことをしたい。
一番に昇進したい。
自分しかできないポジションを作りたい。
などなどいろいろと考えたし、
大半はクリアをした。
今、実は仕事の定義が変わりつつあるのかと感じた。
それは、
自分の部下に対して、自分にとっての仕事とはということを真面目に話した時に違和感を感じたから。
なんか違和感を感じた。
だからこういったブログをつくりながら、
新たな定義を持とうかなと思った。
今、自分にとっての仕事とは?
時間を経て、立場も責任も変わり、、、
今思うことは。
『背中を見せて、背中を押せる人』
でありたいと思う。
そうなるにはどうあるべきか?
『不可能を可能にし、希望を作るもの』
として仕事を捉えられれば、自ずとそうなるのではないだろうか?
年齢が上だとか、国籍が違うとか、性別が違うとか、社歴が浅いとか、
そういったものは超越して。
人として。