連休も無事に終わりました。世間ではいろいろな事が起こりましたが、我が家は平穏無事です。 皆さま、如何お過ごしでしょうか?今日のお話は昔々の話ですが、写真とは全く関係のない米国での経験です。パトカーのお世話に2度程なりました。
一度目はフラワースクールに来ていた1971年の事、何も知らない最初の米国旅行の時、クリーブランドのスクールの後、ニューヨークに行く予定でしたが、先生が是非とも古いままの米国も見て欲しいと紹介されてウイリアムスバーグに立ち寄り、昔のままの生活をしている街を尋ねました。飛行場から近くのモーテルに泊まり、見学して、翌朝の事です。 空港近くのモーテルを回っているシャトルバスを予約するのを忘れていて、チェックアウトしても、シャトルバスの案内もなく、空港は直ぐ見える処、 同行者の女の子と【時間はあるし、歩こうか?】とモーテルから直ぐ近くの空港のロビーまで歩く事にしました。
田舎街の事、歩いている人などありませんし、車さえあまり通りません。広いアメリカの田舎街、歩く間もなくオリエンタルの女の子の傍に停まったのがパトカーでした。
(何処に行くの)(何処から来たの?)(車は持ってないの?) 矢次早矢の質問の後、直ぐ近くの国内腺の出発ロビーまで無事に送ってくれました。【次回はシャトルバスの予約を忘れないでね。】と言われてしまいました。
二度目のパトカーから助けられたのは、それから4年後です。 NYに会社と共に赴任し、仕事も慣れて、契約が切れるすぐ前、アメリカで働くにはどうしても大学に行かなければ、フロントで一生、【いらっしゃいませ、】の仕事しか取れない、と感じまして同じNY州の大学のイサカに或る有名なコーネル大学の夏期セミナーに行こうと会社に3カ月の休暇を申し出て、ラッキーにも許可が出ました。私立ですから授業料はかなり高いものです。でも奨学金制度もあり、外国からの学生には本人のビザは勿論、伴侶又はベビーシッタ―を同伴するようならビザも出すという書類が来ました。宿泊は学の敷地内にある女性と家族用の学生寮、食事付でした。 受講生は全米は勿論、アフリカやヨーロッパの全世界から、来ていました。すでにホテルで働いている人も多く、講師はコーネルの大学の先生は勿論、ホテルのGMさんや、マンハッタンでマーケティングの会社を経営している社長さんなど様々でした。
夏季セミナーは3カ月でしたが、一ケ月が過ぎた頃、授業にも慣れて友達も出来た頃の事でした。 隣の部屋の女の子から誘われて週末の夜にカレッジタウンの一軒家に住む学生の家でパーティーがあるというのです。 学内にはスクールバスが常に通っており、広い構内を移動するにはスクールバスを使っていました。 パーティーに友人の彼の車で行くというのです。
一緒に行きまして、ワインや食べ物も楽しんで、ソロソロ帰るのかな?と思う頃、何やら変な雰囲気なのです。如何にも大騒ぎしたい!!と言う感じです。これはいけない!と感じました。 友人に【可笑しな雰囲気なので帰りましょう】と提案しましたが、彼女はその仲間には入って居ませんでしたが、男友達がまだ居るって言うので、帰らない!と言うのです。私は大学構内まで行けば、門番さんも24時間居られるし、スクールバスが通っていると判って居ましたのでバッグを持って一人で飛び出しました。カレッジタウンは安全でした、携帯電話などない時代です、兎に角構内に入ればなんとかなると思いまして、コーネルの大学構内まで数ブロック歩きました。 時間は夜8-9時頃だったでしょうか?構内に入れば、安心です。ラッキーに歩き始めて間もなくでした、構内をパトロールしていたスクールポリスの車が止まってくれまして 【ハーイ、何処に行くの?散歩かな?】と質問されましたので、
【南ドームの学生です。 友人とパーティーに行ったのだけど、先に帰りたくなって】と説明しましたら、直ぐに【送ってあげるよ、一人で歩くのは迷惑だから。】とスクールパトロールカーが送ってくれました。 決して悪い事をしてお世話になったのではありません。
米国の警察官はとてもフレンドリーで親切です。家庭内暴力や、親が子供を叱っていても、声が大きすぎると近所の人が警察に電話すると飛んできてくれます。感覚としては自家製のガードマンを市全体で雇っているという感じでしょうか?こまめに回ってくれるし、市民の味方と言う感覚でした。
アメリカに住む古い友人が日本のご両親も無事に送り、 古い家を片付けに時々帰国しています。その彼女から、【貴女はよくお手紙を下さるから、古い切手でもお使いいただけるかと】と お母様の文箱から古い切手の残り物をどっさり送って下さいました。日本でしか使えないのですが、80円や50円では 国内でも航空便でも足りませんので、郵便局まで出掛けまして20円や10円の切手を手に入れてきました。
序に、航空便のシールを頂けないか?伺ってみましたら、【どうぞどうぞ!】とこれも、どっさり下さいました。 毎月、定期的に仲良しだった友人達に、日本のお料理の写真付きのパンフレットを送ってあげています。インターネットで観られる物ですが、矢張り印刷されたものが良いと喜んで下さる友人が待ってくれています。当分、 切手は大丈夫の様です。
いつものように殿が週一でデパ地下に買い物に行ってくれます。此れは【しめ鯖と焼き鯖の巻き寿司の詰め合わせ】に 【穴子御飯】 ちょっと温め直して頂くと美味しいですと、お店の方からアドバイスを頂いた様です。 田舎都市のデパート地下に男の人が毎週来てくれるとかなりのお馴染みの店員さんが出来たようで、ピッザも殿の顔を観て直ぐに釜に入れて下さるとか、御声を掛けて下さるスタッフも増えているようです。きっと(奥様がご病気なのかも?)と思われているのかも?
アドバイス通りに電子レンジで2-3分温めましたら、更に美味しく頂けました。
ご馳走様でした。
一流大学を出て、サラリーマンになっておられたら出世間違いなしのような優秀な方でどうしても芝居がしたくて頑張っている友人の友人が一人おられます。
一人芝居を御仲間の応援を得て、ステージをされるというので応援しています。
その方のご自宅の枇杷の実をどっさりと送って頂きました。 絵にかいたらよさそうです。
自家製ジャムに挑戦しました。 台所に立つのは好きですが、此の処、殆どデリカテッセンからの食材で済ませますので、サラダを作ったり、美味しい若松トマトを切ったりするだけで
ご無沙汰しています。
適当な量の砂糖を加えて、暫く混ぜ、冷やしました。 飛び切り美味しい、贅沢な枇杷ジャムが出来上がりました。 これで半分ほどです。
彼の公園のポスターです。 既に終わっています公演は成功だったようです。
アメリカに来られた時の一人芝居は拝見しました。 真面目で実直な性格の方です。
お隣りの国の方々が昔、移り住まれてお祭りをされているそうです。其のご縁で現在は韓国初めアジアの方へ公演に行かれているようです。













