大学に行かず帰宅したのは久々です。



昨日で最後の試験が終わり、

その後インドネシア語クラスの有志でごはんを食べてきました。


半期で4単位なので、30回出席・・・と思うとはじめの頃は気が遠くなりそうに思っていましたが

終わって振り返ると得られたものが多く有意義だったと思います。


先生は語学だけではなく、自分が出会ったインドネシア人やインドネシアの文化のお話をされたり

インドネシアからの留学生やEPAで来日しているインドネシア人の看護師さんを連れてきて

交流の場を作ってくださったりと、「インドネシアの良さを伝えたい」という思いが伝わる授業でした。





特に印象に残っているのは、

先生がインドネシアに住んでいた時のホームステイ先の男の子とのやり取りのお話です。


ある日その子と一緒にスーパーに行き、レジで並んで順番を待っていたら、

無言で割り込んできた女性がいたので「ちゃんと並んでください」と注意したそうです。


しかしその女性は注意されても並ばず、今度は少し強めに「ちゃんと並んでください」と言ったものの

それでも並ばず、そのままレジを済ませて店を出ていったということでした。



憤慨しながらも買い物が終わって帰宅すると、

その男の子はなんと、「○○(先生のお名前)は悪い人だ」と家で吹聴していました。


「みんなの前でおばさんに大きな声で注意し、恥をかかせていた」と・・・。



インドネシアでは、割り込む人がいても、

「きっとものすごく急いでいるんだ」と思って、「どうぞどうぞ」と入れてあげるのだそうです・・・。





私たちは日本の教育を受けて育つ中で「順番を守りなさい」と小さい頃から躾けられており、

その結果「割り込みは悪いこと」というのが当然の感覚として刷り込まれているんだなと

そのお話を聞いて思いました。


きっとそういうことってたくさんあるんじゃないかと思います。




よく考えたら、「割り込まれる」という行為は被害的に受け止められるものの、

1人に割り込まれたところで大した実害もない。


また、「きっとすごく急いでいるんだ。だから入れてあげよう」と考えられるのは、

「この人は本当はマナーを守る人のはず」(だけど今日はとっても急いでいてそれができない)

と信じる気持ちがあるのかなぁと思いました。


日本人は社会性としてのマナーは身に着けているものの、

そのマナーが思いやりから来ているものかと問われるとそうとも言えないような気がします。


大人だったら「インドネシア人と違うな」と思うところがあっても「日本人はこうなんだ」と理解し、

指摘することもないそうですが、子供の彼には色々突っ込まれて先生も新鮮だったそうです。





自分の狭さを自覚できている範囲ってものすごく狭いんだろうな。


これからは、腹が立つことや納得いかないことがあっても

「それは本当に許容できないほどの問題なのか?」を一旦考えて

どうしても譲れないところ以外はこだわらず、手放していこうと思いました。



日記帳  今日見た夕焼け