(昨日の続きです)
医療倫理とは何か?を調べるにあたって参考にした白浜雅司先生のホームページ は
・倫理的問題の例
・問題の分析方法(4分割法)と例
・倫理教育の実践例(講義・討論内容やワーキンググループ)
などノウハウが詰まりに詰まったサイトでしたが、こんなお言葉も載っていて印象に残りました。
| 高等教育での倫理教育の目標(D. Callahan) |
|---|
| 1)道徳的想像力を刺激すること 2)倫理的問題を認識すること 3)問題を解析する技術を発展させる 4)道徳的義務と個人の責任の感性を引き出すこと 5)意見の不一致や曖昧さに寛容であり耐えられること |
病院に就職して真っ先に衝撃を受けたのは全体カンファレンスでした。
世の中にはどうにもならないことや理不尽なことってあるんだな・・・
この問題に解決方法ってあるのかな・・・(ないんじゃないか)
って思えることがあります。
コンピュータの仕事では「こうしたい!」と思うことがあったら
それを可能にする方法を調べたり、できないのであればその根拠を探したり
何かしらの答えを出す・・・それが当たり前の感覚だったように思います。
例えばあまりに身勝手で非常識な人がいて、その人に憤ったり怒ったりしたところで
相手が変わるわけでもなく患者さんの利益になる訳でもなく。(不利益にはなるかもしれませんね)
でもスタッフは患者さんのためにどうにかしたいって思いがあってカンファにあげていると思われ。
でもどうしたら解決できるのかみんなわからない
そもそも解決方法があるのか?
今だったら、もしどんな問題も絶対に解決できる!っていう人がいたら傲慢だなと思うけど
入職当時はどうしようもない問題があるっていうことに対して
自分なりの理解すらできなかったように思います。
それは答えって必ずあるものだと思い込んでいたからだと思うのだけど
先日「5)意見の不一致や曖昧さに寛容であり耐えられること」を読んで
あぁこういうことなのか・・・と心から納得できました。
また私がレジュメを読んで「あまりに身勝手で非常識」と感じても、
あくまでも私の主観でその認識が必ずしも正しいとも限りませんね。
レジュメにもフィルタ(書いた人の主観)があるかもしれません。
こんな時に4分割法を用いた分析が有効なのかもしれませんね。