12月7日(日)をもって競技ダンス部を卒部しました。
次の日からいつもある部活も練習もない。最初はどこか手持ち無沙汰な感覚もありましたがそんなものあっという間に消え去ってのんびりゆっくりした日々を過ごしています。(あれ4月からこいつ何するんだ?って思われた方もうしばらく🤫)
時間が出来ると部活の過去をふと思い出し、なぜ全然ダンスが楽しく無くなってしまったのだろう、何が悪かったんだろう、勝つ為には何すれば良かったのかと思いを巡らせている最近です。自分と向き合う時間が増えました。
だけど、まだ相手の所為にする思考回路から抜け出せません。体格やルックスに恵まれてない、バレエようなアドバンテージになる経験もないあなた(パートナー)が学生のカーストがあるスタジオKでなぜもっと勝ち気に行動をしなかったのか。口癖で負けたくないって言うが、全員頑張るのが基本のスタジオで、行動が伴わないならどうしてそこに身を投じたのか。当然そんなことを思うならお前も動けって感じですが、相手の所為思考回路では考えているとパートナーと分かり合えなさから苛立ってくる。
No No Girlsから見る先生と生徒
部活の2つ上の先輩でよくご飯やカラオケに行く先輩がオーディション番組「No No Girls」にハマってデビューグループHANAのファンクラブにも入ったという話を聞いて、私もNo No Girlsを見始めました。
YouTubeで全16話観ることができます。
プロデューサーのちゃんみなの言葉の端々に優しさが溢れて、発することどれをとっても確かな思考と経験に基づいていてとても勉強になる。No No Girls達の正面から頑張る姿や人間らしい本音もいい。周りと比べて自信を無くしたり、ダンスや歌の経験があってそれなりなプライドがあるけど初心者なのにすぐ上達する子がいてメンタルやられたら、これまで培ってきた経験が本当に生かされているのか、自分が積み上げてきたものを疑う姿が映し出されて、不思議と感情移入してしまいました。
勝手に思いを馳せてしまったシーンがありました。
私のパートナーがよく陥っていた状況になっているシーンがありました。うちのパートナーに似てるなって思ったのがKOKOA。
それは3人1チーム。トラックだけが与えられてそれにメロディーと歌詞をつけて曲を作り、それに振り付けを付けて最後に発表するクリエイティブ審査。
多くのチームは、ちゃんみなや音楽プロデューススタジオでアドリブでメロディーを歌い、気に入った部分をつなげて曲の構成を1日で作っていました。しかし、KOKOAが所属するGチームは、KOKOAとチームメイトYURIはじっくり考えてしまうタイプ。一方のAMIはアイディアがどんどん溢れてくるようで、
震えるぐらい楽しい。踊り出しちゃいそう。
AMIのメロディーが採用、となりかけるも、
納得いかず持ち帰ってゆっくり考えることに。
「自分はしっかり考えるタイプなんだなって思って」
幕に隠れて1人集中
こだわり抜いた楽曲が完成
振り付けで悩むKOKOA。振り付けで声がブレる。この状況だけポンと提示してくる感じパートナーに似てる。
1人模索するKOKOA。3人揃って練習が出来ない状況に。
AMI「KOKOA早く帰っておいでよ。KOKOAはいい意味で完璧主義すぎるの。」
KOKOA「でも完璧主義すぎるぐらいじゃないも追いつけないもん。」
そのままりょんりょん先生のボイトレレッスンへ
すぐにグループ内の溝を察知して座らせるりょんりょん先生
KOKOA「妥協したくない」
りょんりょん先生の前でパフォーマンスすると、
これのどこでもめてたの?
ターンのところのフェイクにアドバイス
KOKOAは、自分なりな完璧や納得を追い求める気持ちはある。だけど、他のチームよりもいい曲/歌詞/振り付けを作らないといけないって焦りから自分にとっての完璧や納得のラインがあやふやになってしまい、今あるものを否定してどこか変えないといかないと手探りを始めてしまっているように見えました。
そうなると、もう何が良くて悪いのか分からない。妥協もしたくない。悶々とした八方塞がりな状態です。
そういう泥沼にハマってる時に抜け出すキッカケになるのがレッスン。それも、1番信頼を置いている先生のレッスン。
なぜなら、散々納得いかなくて悩んでても、先生にあっさり「そこ気にならないよ、出来てるじゃん」なんて言われるだけで、「なんだいいんじゃん」ってなるし、別のところを指摘されれば、「あ、確かに」ってなる。往々にして、ナーバスになってる箇所が先生からするとそんなに気にならないってことはよくあることではないでしょうか。
先生ってのは、正しい評価基準に基づいて自分たちをレールの上に戻して正しい方向へ導いてくれる役割を果たしてくれる。
たった、限られた時間のレッスンで、レッスン後
KOKOA「妥協っていう考え方じゃなくて力を振るために力をこっちに集中させるってマインドに切り替えたいなと思いました。心が軽くなったというか新しく活路が開けた感があります。」
これに気が付いたKOKOAもすごいし、短時間のレッスンでここまで導いたりょんりょん先生の指導力にあっぱれです。
話をパートナーに戻します。
ちなみに、うちのパートナーは技術的なことに彼女なりな納得を冬全前日まで追い求めていました。その完璧主義な姿勢はKOKOAに似ていて、その自己研究が悪いことではなく、その力の掛け方のバランスを誤っていたような気がします。よく「今日〇〇さんの踊り研究してて、ここのフリをこういうふうにやってるって気が付いたんだよね。」って言ってくるのですが、私からすると別に"研究"という大げさなものではなく、単なる気付きの一つ程度な印象だった。それは自分の世界に入り込みすぎて、見る人がどう感じるかではなく、もはや自己完結に陥っているように思えました。そして、悶々と1人の世界に入り込むと一緒にいる自分も何かいいのか分からなくなってくる。ちゃんみながNo No Girls内の評価で話していたように、ストイックさってのは必要不可欠、でも不安材料を「ま、いっか」って流すのも大事。私のパートナーはいつも表情が固く一定で、緊張して一緒に踊ってていつも硬さを感じていました。その場その時にかかる音楽を聴いて感情を見ている人に出すことへのフォーカスが足りないように思っていました。KOKOAの妥協したく無いという姿勢自体はストイックの表れでもありますが、問題はどこにこだわるかである気がします。
以前T先生の指導力は本物で、と書いたことがありますが、K先生はりょんりょん先生のように迷走している人をまたレールに戻す指導力がある先生でした。別にぐうの音も出ないような理論的な解説や客観的で分かりやすい説明にいつも頷かずにはいられませんでした。
だから、T先生のレッスンを受けるためにスタジオKに残った。
私がNo No Girlsに共感する一つの理由に、失礼ながらスタジオKの学生ヒエラルキーとオーディションの勝ち抜きシステムに似たようなものを感じたからです。
普段の練習、レッスン姿勢、大会結果などでT先生からの評価が変わり、ふるいに掛けられる。(何となく講評をお願いして返ってくるスピード、その内容、レッスン中の会話などを参考にする)少なくとも悪くない評価の時じゃないとレッスンに入れない。(悩んでる時に相談するような関係ではなかった)
それ故に八方塞がり気味で自信無くしてる時に、先生からの評価がいいとは思えず(ある意味自分にNoと言っている)、レッスンをお願いすることを躊躇ってしまい、他の先生で誤魔化すことが多かった。1番T先生のレッスンを受けたいタイミングなのに。
りょんりょん先生やT先生はほどの熟練のプロの指導者だと、学生が悶々としてることくらい何となくダンスや表情を見れば分かるとおもう。にも関わらず、先生から話しかけてくることは無く、最後のレッスンも外されて、この人は私たちを導いてくれる(導こうとしてくれる)気持ちは無いんだと失望してしまった。
だから
「スタジオKに行ってよかった」なんて言いたくない。いや言ってたまるか。
スタジオKのT先生と奥さん先生には「ありがとうございました、お世話になりました」って言ってません。当然お世話にはなった。でも、上部でも建前でも言いたくない。
競技ダンスに未練だらっだら
こうやって話まとめて思うのは、競技ダンスに未練があること。
だからこそ、いつか勝負の世界で自分を試してみたい。自分の本気をぶつけたい。
そういう気持ちが心のどこかにあります。
そして、その世界で挑戦するときには、何としても生き抜いてやるんだって覚悟を持って飛び込みたい。生半可な気持ちで競技ダンスの世界に片足を突っ込んでしまったので。
自分が身を置く世界が何になるかは、分かりません。またダンスかもしれないし、新しく出会った競技や仕事かもしれない。
どちらにしろ、勝負で勝ちたい。
それまで、競技ダンスへの未練、スタジオKへの未練(復讐?)は消化されない気がします。
もうクリスマス、そのあとは年末ですね。今年もありがとうございました。良い年末をお過ごしください!



















