一昨日は短大時代の友人ユキ子さんと、12年ぶりに楽しいひと時を小田原で過ごした。

 彼女と会うのは、古希の祝いを兼ねた短大のクラス会を京都で開いて以来だ。

 その時、集まったのは6名だったので、6名では店を予約することもないと、ユキ子さんが自分の家に招いて、美味しい京のお弁当を注文してくれた。

 とても楽しかったので、またクラス会をしようよ、と言っているうちにそれからアッと言う間に12年が経ってしまった。

 

 短大時代、仲の良い友人が5人いた。ユキ子さんと私の他に、KさんとTさん、Nさんの5人。

 親が京都の芸妓置屋を営むNさんが車を持っていて、授業をサボってはよく京都を案内してくれた。お陰で楽しい学生生活を過ごせて、今も感謝している。

 それが一昨年、Kさん、Tさんが長患いの末に亡くなった。Nさんは、今は祇園の芸妓組合の長をしていて、自分とは住む世界が違うからと会ってくれない。

 

2人だけになってしまったユキ子さんと私。歳も歳だし、いつまた会えるか分からないと一念発起。とにかく会って、おしゃべりだけでもしようと、彼女が住む京都と、私の住む藤沢の真ん中あたりの駅で会うと言うことに。

 うーん、真ん中だったら静岡かなと思っていると、彼女が小田原にしようという。小田原に行ってみたいからと。

 

 小田原に行くなら小田原城の紫陽花と菖蒲のきれいな時が良いかと、この日を選んだ。

 京都8:30の新幹線で小田原10:38着。新幹線の改札口で彼女を待つ。大勢の乗降客の中で12年ぶりの彼女が分かるかと心配だったが、彼女の方が私を見つけてくれた。見つけてくれなかったら分からなかったかも。きれいなシルバーグレーの髪になってマスクをかけていたから。

 シルバーグレーになっていても、口を開けば一瞬で学生時代に戻る。他愛ない話に笑い転げて。

 

 お喋りが目的だけど、簡単に小田原案内を。

 先ずは小田原城。いつものように近道を。

 ここのアナベルがきれいなのだ。

 

 紫陽花はきれいだったが、菖蒲は残念。殆ど終わり。

 

 

城門前

 

 小田原城内で私の一番好きな樹“イヌマキ”。小田原一の巨木。

 右は堀近くにあった巨木。ユキ子さんに大きさが分かるように木を抱いて、と言ったら、本当にやってくれた。昔はこんなに素直だったけ? 笑

 

 次は城の西側にある報徳二宮神社へ。

 

 

 御社殿

 

 厄年早見表

 女性の厄が男性に比べて早く始まり早く終わるけど、なんで~?

 

 広くない境内の横に“きんじろうカフェ”なるものがあって、“呉汁”の看板が立っていた。

 

 ユキ子さんが、ワー懐かしい!と声をあげた。12時も過ぎていたので食べてみることに。私は食べたことがないので。

 

 う~ん、豚肉の入っていない豚汁って感じ? 彼女は大豆のすりつぶしたのが殆ど入ってないと不満気。彼女は短大に入るまでは鳥取育ち。子供時代の良き思い出があるのだろう。

 

 二宮神社を出てから、小田原文学館を目指してブラブラ歩き。

 何度も来ているのに、さすがに小田原は古い城下町だと、いつも感心する。古い建物が多い。

 ここは昔さながらの薬屋さん。思わず店内に入ってしまった我々に、詳しく説明してくれる女性。寛永十年創業。

 

 壁の薬箱

 

 

 時代劇に出てくるような道具

 

 小田原文学館は誰もいなかったので庭だけまわってくる。

 

 北村透谷の碑

 

 

 庭のユリズイセン

 

 

 

 小田原城の周りの住宅地も観光客を意識しているのか、塀の扉の飾りもナイス。

 

 

 今はどこも歩道脇の紫陽花がきれいだった。

 

 4時過ぎの小田原発ひかりに乗ってユキ子さんは京都に帰って行った。

 彼女と12年ぶりに会ってとても楽しかったので、これからも何度も会えるといいなあ。お互いに元気でいようね。またね。

 火曜日の朝、ゴミを捨てに行って西の方をみると、台風前のどんよりとした空に富士山が見えた。

 え~、こんな空なのに富士山が見える、曇天のせいかいつもと感じが違うと、散歩代わりに富士山を観に公園に行くことに。

 気ままな一人暮らしの私の朝は、いつも遅い。

 NHKの朝ドラを観てから朝食。急いで片づけをして公園へ出かけたのが、9時過ぎ。

 

 県立海浜公園入口。

 この右側に座っている白いシャツの若い男性。私が公園から出る1時間ほど後も、まだスマホをみていた。

 

 時間に関係なく犬の散歩をしている人がいつも多い。色々な種類の犬がいるので、見ていて楽しい。

 

 

 

 身体の不自由なご主人を散歩に連れて来てあげているようなワンちゃんも。

 

 オッ、朝からもう上半身裸で歩いている湘南名物男!

 

 いつもの場所で富士山を撮る。

 曇天なので鮮明に富士山が見えないが、そればかりでない違和感があると思ったら、足元が厚い雲で覆われていた。こんな富士山を見るのは初めて。

 

 公園を1周する遊歩道には散歩する人、走る人が多く見られるが、広場には人影なし。

 

 

 ハッキリ見えると、ここからの富士山も良いのだが。

 🌻が終わっていて残念。

 

 ここでぼんやりと富士山を見ていて、昨日のことを思い出した。

 写真の右の方に白いドームがあるが、ドームの前の方には集会室や子供の遊び場がある。

 その場所で友人のUさんは毎朝6時から始まる体操に行っているそうだ。体操の後には皆で歌を歌うとか。歌の先生もいるらしい。

 私も誘われたことがあるが、朝の6時なんて、私は熟睡中です。

 Uさんは、次男が小4の時からやっていたサッカーチームのママ友で、もう40年来の付き合いだ。

 そのUさんから久しぶりに電話があったと思ったら、以前に貸した美空ひばりのCDを返して欲しいという。“川の流れのように”がタイトルのCD。公園の朝の歌会で歌い始めたから、練習しようと思うので、返して欲しい、って。

 え、そんなの借りていたっけ、と思いながらも、探してみるね、と電話を切る。

 最近、歌はYouTubeで聴く。久しぶりにCDラックを開けてゴソゴソ探したら、あった~!

 

 すぐにCDを同じマンションのUさんのポストに入れに行き、電話をした。

 私、いつ借りたの? 何も覚えてない、と。

 Uさんは1988年のひばりの伝説のステージ「不死鳥コンサート」東京ドーム公演を観に行ったそうだ。その公演に感激して買ったCDとか。

 私にいつ貸したのか覚えてないが、その当時ではあったらしい。

 な~んと37年近く借りっぱなし!!

 私は借りたのも全く覚えていないケシカラン奴だ。Uさんも朝の公園で美空ひばりを聴いて、CDを思い出したとか。

 

 最近の朝は、あのドームの方から美空ひばりの歌が流れているのかな。彼女は富士山にも遜色のない、素晴らしい日本の歌手だと思うのだが。

 

 

 エライ! 一生懸命に体操をしているオジサン。

 

 散歩帰り? 朝の9時半、花は地味なキンセンカばかりでも、友とのお喋りは楽しくて、時を忘れるのだろう。

 

 これからゲートボールに向かうのかな?

 左のお二人はかなりのお歳のようだが、こけないように気をつけて、楽しんできてくださ~い。

 今週の水曜日は恒例の月1の勉強会で鎌倉へ。

 やはり温暖化のせいか、鎌倉の紫陽花もされいに咲いていた。いつもより3週間ほどは早い。

 駅前から段葛の方へ行く通りの紫陽花は満開。

 

 鶴岡八幡宮前の段葛の右側。少し行った所を右に曲がると勉強会の教室を借りている篤姫様の家がある。

 

 この歩道脇にもきれいな紫陽花が。

 この紫陽花は“ダンスパーティ”という名。以前に手入れをしていた人が教えてくれた。

 周りの小さな白い花はドクダミ。

 

 ここで教会をバックに青い大きな紫陽花を撮るのが定番になっているのだが、今年はまだ青く咲き誇っていないのが残念だ。

 

 教室に到着。

 篤姫様のお宅にも何種類かの紫陽花が咲いていた。

 カシワバアジサイとガクアジサイ  (後方の家は篤姫様の家ではない)

 

 それでは早速、篤姫様の折り紙作品から。

 今回は新しい作品もたくさん拝見出来て、お身体の調子もよくなられたのだろうとホッとする。帰りにはお元気なお顔も見ることが出来た。

 

 

 

 

 篤姫様で思い出した。篤姫様のご主人のご先祖は鎌倉時代の京都の雅楽師だった。

 それを頼朝が鎌倉に連れてきたとか。今の家は頼朝から拝領の地にあって、周りは有名御家人達の屋敷があった所だ。

 先日、雅楽の好きな愛子様が宮内庁楽部で開かれた雅楽演奏会を鑑賞された時、側で説明していた人の名が篤姫様の苗字と同じであった。珍しい苗字なので、親戚の人なのには間違いない。鎌倉時代から面々と受け継がれている家柄なのだ。

 

 さて、この日のエッセイではナカガワ氏の『歌ってサロン』が話題になった。80代も半ばになろうとしている彼、手品教室や絵画教室と忙しいはずなのに、最近は歌う楽しさを覚えたようで、無料の市の歌う会等、数か所で歌っているようだ。

 最近はこういう無料ばかりでなく有料の歌の会も多く、私の他の友人も有料の“童謡を歌おう”なる会に週1で行っている。

 ナカガワ氏が会で「さくらさくら」「どこかで春が」「浜辺の歌」等を歌ったと書いていたが、それを読んだエサカ氏が、「最近って、昔のようにいつまでも歌われる良い唄が作られなくなったねえ」と嘆いた。

 「う~ん……」と、これにはちょっと返事が出来なかった。誰も何も言わなかった。私も時代が違うから、としか言えなかった。

 昔はラジオやTVで歌の番組が沢山あったが、今は個々に聴いているようだし、年寄りの知らない所で歌われている良い歌があるかもしれない……。

 

 ランチの後は解散して私はまた小町通に鎌倉煎餅を買いに行った。好きな人がいるので、買って行ってあげるのだ。

 5月のせいか、この日は特に修学旅行と遠足の子供が多かった。

 

 やはり旅行中は疲れるからお肉をがっつりとたべたいよね。この体格では。

 

 5月でこの服装では、7月になったら何を着るのだろう。

 

 横丁から人混みの小町通を横切ろうとする車。富士山ナンバーだった。へえ~、富士山ナンバーなんてあるんだ。

 

 人混みの小町通を通るのは大変だが、ちょっと面白い通りではある。