前田寛治展・・という気づきの場@東京ステーションギャラリー | 観音様とのお約束、高津天心ブログ

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な~んの縁か、江戸川の地で観音様から光を当てていただけるようになりました。
少しでも神様のお役に立てるように、自分が日々感じた事を文章にしてみようと
思いました。
高津理絵さんから公認された御心カウンセラーです。

まさか

先の戦争を経験し昭和まで
ブルースの女王として君臨した
ディーバ、ゴットマザーと

今回の展覧会の画家との間に
縁があったなんて・・
🙄😳😳🤔


私の好きな都内の
美術館の一つが東京駅丸の内北口
改札にある

 東京ステーションギャラリー



八角形の天井ドーム。
外の暑さを一瞬忘れてドームの天井を
見つめているとなんだか万華鏡でも
覗いるかのような感覚になります。


今回は
ここ東京ステーションギャラリーで
行われている

 前田寛治展


にやって来ました。



前田と書いて
マエタと呼ぶ
前田寛治(マエタカンジ)

私マエタ画伯には大変
失礼だったのですが
😰
前田寛治画伯と同じ時代を生き
共に美術団

 一九三〇年協会

を設立した中の一人


佐伯祐三

画伯の作品は以前から好きで

過去の展覧会も観に行ったりして

その作品を知っていたのですが

前田寛治画伯の作品は・・多分見たことは

あったのでしょうが私の脳内の記憶から

抜け落ちていて前田画伯のことは

この展覧会があるまでは全く脳内から

消えておりました

😰😓


そんな私でしたが😅

今回

画伯の作品


白い服の少女


という作品を展覧会の紹介広告を

見つけて興味を持ちました。



そして佐伯祐三画伯と

同じ時代に生きフランス、パリの空気を

吸った仲間である前田寛治。


33歳という若さで亡くなった画家の

生きた証

を見ることで自分自身、この先を

強く生きていくためのヒントや

気づきを得れるかもと思いました。


いつからか

この先どう生きていこうか〜という

不安に、ある意味慣れてしまって

単調で怠惰な生き方をしている私。

張りのない生活を続けている

私というものに、昔を生きた画家の

生きた証を見ることで

何か刺激を与えたかったのかも

知れません。

🙄🤔😅


会場に入ると

まずは展覧会の趣旨と画家自身の

プロフィールなどに目を通します。


日本人画家の展覧会に行くと

なんだかお墓参りをさせて頂く?

ような感じにもなるので🙂‍↕️

心の中で亡くなった画家に挨拶を

無意識にするようになっています。

🙄🙄😅


特にここステーションギャラリーは

戦前からの東京駅の雰囲気を今に残して

いるので館内のレンガの壁とかを見ると

今風なアレンジが加えられていても

どこか

自然と一昔前の時代にタイムスリップ

したような感覚になります。



会場内は撮影NGなので
展覧会を紹介されておられる
@インタネットミュージアムさんの
動画から画像を拝借


作品を一つずつ
拝見しながら、その作品に描かれた
時代背景なんかをミックスさせて画家は
こんな気持ちだったのかな〜
って、ま〜
キャンバスの前で筆を握る画家のように
一人ポツンなります。

そういう時間が持てると
それまでの仕事のストレスや
フラストレーションなんてどこに?
って感じで、その作品に精神集中
しているとより自分を客観視するように
なります。

作品をみている自分を
どこか遠くにいるもう一人の自分が
見ている
といった感じでしょうか。
🤔😳🤔

亡くなった画家が己の遺した作品を
見に来ている人を遠くから見つめている
ような・・
🙄🤔


そうすると
展覧会には
ま〜自分で来たわけですが
もしこれがこさせられたとするのなら
神は一体何を私に悟れ、気づけと
おっしゃっているのか
ってなこと
考えるようになるんです。

これって

本来の意味では
美術作品を作品として
鑑賞していない‼

って言われそうですが、絵画鑑賞というのは
その作品の芸術性に感動するだけではなく
もう一人の自分、もしくは誰かが
何かに気づけと言っているメッセージを
受け取りやすい行動。

私の神社参拝とどこか似たような
こと
なのかも知れないと
思ったりするわけです。
🙄🤔😁

前田寛治画伯の作品を
見ていると

日本人の心を忘れない洋画家


っていうのか

西洋の芸術、文化への憧れ

そこからの誘惑といった一種麻薬的な

世界に飛び込みながらも

日本人としてのアイデンティティーは

崩さないといった強さを感じました。


前田寛治画伯の作品も

きっとこのステーションギャラリーで

展示されることで

見る側をロマンス溢れるその時代へ

いざなってくれるのかも知れません。



この順路に当たる螺旋状の階段も
過去に
何度か見てきているのですが


レンガや空間の色彩の効果
なんでしょうね。
多くの人が行き来する東京駅とは
思えない静かで温かみのある空間が
非現実なんてエッセンスを与えてくれます。
🙄🤔


展示回の作品の中に
裸体画がありました。


この裸婦の作品
モデルは日本人ではないのでしょうが
どこか日本人・的なモノを
感じました。

裸婦の絵画といえば
私後から知ったのですが

歌手の故淡谷のり子さんが
若かりし頃
前田寛治画伯のモデルをしていたことが
あったそうなんです。
😳😳


生活費を稼ぐためにヌードモデルを
引き受けた言われていますが
淡谷のり子さんといえば
まだまだ生前の記憶が十分にあるので
その彼女と前田寛治画伯と
縁があったというのも

これまた
私を生まれるずっと前の大正から昭和に
かけての時代にタイムスリップ
させてくれる要因となっています。

淡谷のり子さんは
前世フランスで生きたという魂の経験が
あるのかも知れませんね。
🙄🤔


前田寛治画伯は33歳で他界

詩的な感性(ポエジイ)と
重厚な写実(レアリスム)を融合させた
独自のスタイルを確立。

淡谷のり子さんは92歳で他界

戦時中、周囲の圧力に負けず
軍歌は歌わず化粧もして
ステージに立った。

歌手の滋養は恋だ

お年を召してもそうおっしゃっていた
との逸話もあるんだとか。

やはり男はロマンチストであり
女は現実主義というのは
今も昔も変わっていないのでしょうね。

ま〜お二人共に
西洋のモノを取り入れた先駆者

それぞれに与えられた天命を
全うされたのでしょうね。

私は
職場と家との往復に追われ
暑さもあって毎日グロッキー状態で
それを理由に怠惰な生活パターンに
身を委ねた
グータラと化していますが
😰😓😱

命尽きるまでに
もっと己に与えられた命の炎を
燃やしてみろ‼

って

天からそう
言われているように
思いました。


この
白い服の少女
興味を引かれたのもそのためなのかも
知れません。



別れのブルースの世界観
メランコリックに浸るは
まだまだお前さんでは
ケツが青いって


そう発破かけられたように
思います。

前田寛治画伯
淡谷のり子さん
そして
気づきの場を与えてくれた
東京ステーションギャラリーに
感謝です‼


観音様とのお約束です。