観音様通信38・・八幡神のお膝元で観音経を唱える私という魂の存在理由とは | 観音様とのお約束、高津天心ブログ

観音様とのお約束、高津天心ブログ

な~んの縁か、江戸川の地で観音様から光を当てていただけるようになりました。
少しでも神様のお役に立てるように、自分が日々感じた事を文章にしてみようと
思いました。
高津理絵さんから公認された御心カウンセラーです。

八幡様
って

あくまで一説によると
大陸の神と
応神天皇を合祀した複合体
であるという

もし仮にそうだとしたら
大陸の神ってどんなモノを神と
したのだろう?

日本は神仏習合であったわけで
仏教というものと神道が結びついて
共に神として祀ってきた。

古来からモノにも神が宿る
としてきた日本。

元の神道の世界に
新たに外国から入ってきた宗教という
エッセンスが
いい具合にマッチして
今も信仰として続いている。

外国では外から異教が入ってくると
宗教戦争を繰り返したけど
日本では異物をただの異として
敬遠するのではなく、共存共栄、
うまく日本に合うようにアレンジを
加えて日本をうまくまとめてきた。

日本の神社も別当として
神社の管理をお寺に任せてきたという
歴史があることを考えると

やはり神仏というのは
切っても切れない縁となって
今に至るわけですね。

私の地元の江東区の
富岡八幡宮も別当は永代寺

ま〜永代寺と富岡八幡宮との関係は
ちょっと特別ですが

ま〜神社とお寺は
卵が先かニワトリが先か?っていうくらい
の間柄となっている。


私を富岡八幡宮の門前町に
導いてくれた?のは

私が元々住んでいた江戸川区
南篠崎の八幡様の祠


観音様を祀っている
観音堂の隣にあるので、観音堂での
おつとめの際にはいつも手を合わせています。

15年住み慣れた街から
心機一転、リセットをすべく引越す
ことを去年選んだ私。新天地をどこに
すべきか悩んでいた時
八幡様ネットワークが働いて
富岡八幡宮の門前町へ私を
導いて下さった。

観音様という存在と
八幡神様という存在が共に
同じ敷地内にあるという状況下で
それぞれに長年にわたって手を合わせて
来た私の信仰心に報いて下さった
結果、新天地での新たな生活に
満足しています。

きっと


観音様からの光が当たっているからこそ
天の神様に見つけてもらいやすく
なっているのかな?

なんだか
そんなことを思います。


私八幡様ネットワークと
言っておりますが、八幡神の分霊を
祀る祠に長年手を合わせていると
八幡様とのご縁が強くなる。
するとひょんな時にそのネットワークが
働いてその人をお世話してくれる八幡社に
導いてくれる。
鎮守様ネットワークといっても
良いのかな?
🤔😁

最近八幡神社に
導かれているな〜って思うことが
多く、神社巡りしようとすると
その先には八幡社アリ‼ってなかんじに
なっています。

でも
今になって八幡様とのご縁が
強くなってきていると感じること
自体が私にとって何らかの意味がある
ということなのでしょうね。
🤔🙄😁

今まではそれが稲荷社の狐さんで
狐さんネットワーク機能が働くと
自然と見知らぬ稲荷社や稲荷の狐さん
からお呼びがかかったりしていました。

狐さんに守っていただいている
私としてはありがたい
ことなのですが

八幡様と
お稲荷さんの両者が共に祀られて
いる神社って今の私には
必要なエネルギー供給源なのかも
知れません。

って
富岡八幡宮の御札と
私がメインの稲荷神社に位置づけている
太田姫稲荷神社の御札を
自宅で神棚に祀っているので
当然の流れといえばま〜そうとも
言えますね。
🙄🤔😅

先日
富岡八幡宮の本殿裏から
何年かぶりに手を合わせて見ると


瑞垣の隙間から
大きなイチョウの御神木が目に入って
きました。


私は神社に参拝すると
その本殿の裏に回って背後から手を合わせる
ことをしています。

ま〜それができるところとできないところと
ありますが、本殿の裏にこうして君臨して
いる御神木には色んな力が
宿りますね。

自然の圧に耐え、落雷なんかも
跳ね除ける力を放つ
生命力の強さ

宇宙エネルギーが降りてくる
聖域


もう私からすると
植物ではなく別の生きものって
感じです。


そんな御神木を見ていると
なんでだか
神社なのに観音経
唱えている私がいます。

ゴツゴツした化け物のような
外観ですが、観音経を唱えると
優しいお顔した観音像のように
見えてきます。

観音経って私の感覚では
激しく強く唱えるよりも
ゆっくり歌を歌うかのように
ゆっくり唱えると
どこか子守唄、鎮魂歌のような
感じになる。


(↑私が観音経を唱えられるようになった
キッカケ)


御神木を守るかのように
小さな石祠と


お地蔵さんが置かれています。


どういう経緯でこのように
置かれたのかは?ですが

神様をお支えするのは
仏様であり、そこに眷属神や精霊が
ついてこの世を生きる我ら魂を
守り支えてくださっているって
ことなのでしょうかね
🤔🙄🙄

私は観音経を唱えることで
神仏への感謝の念を送り
またそれが
魂への鎮魂へと繋がっていけたらいい

それが
私が観音堂におつとめにいく
理由

って

最近忙しさにかまけて
観音堂へ足が遠退いているし
観音経自体を唱えることも
減っている
🙄😨😱😰

観音様とのお約束を
果たせていないから

すべてのことが
停滞していると感じるのかも
知れません。



富岡八幡宮なら
観音経よりも深川不動尊の
不動明王の御真言
の方が合っているかもしれませね。
🙄😅

でも
私のスピリチュアルな感性の源、
スタートは観音様から

また
顔晴っていこうと思います。
😅🙄😁


観音様とのお約束ですから。