将門口ノ宮神社参拝・・将門山に残る過去の逸話その1 | 観音様とのお約束、高津天心ブログ

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な~んの縁か、江戸川の地で観音様から光を当てていただけるようになりました。
少しでも神様のお役に立てるように、自分が日々感じた事を文章にしてみようと
思いました。
高津理絵さんから公認された御心カウンセラーです。

京成電鉄
大佐倉駅
なんでも京成の路線の中で乗り降りする
乗客数が一番少ない駅と
どこかで見たことがあります。


実は私も
昔成田に仕事で通っていた時に京成本線を
使っていたのですが
一度たりとも降りたことはなかった駅
なんです。
😅😅

そんな駅で
初めて電車を降りることに
なりました。

駅の改札を通ると付近の地図と
名所旧跡図がありました。


佐倉といえば、長嶋茂雄さんや高橋尚子さん
といった方々の名前が浮かんでくるのですが
今回はちょっと違った人物縁の神社に
向います。

また
佐倉といえば室町後期から戦国時代に入り
家康公が関東を治めるまで千葉介と呼ばれ
この地を支配した名族千葉氏。
千葉氏が築城した本佐倉城跡が公園として
残っています。
その公園の近くに駅があり
お目当ての神社も鎮座しています。
(参考画像↓)


駅を歩いて数分、道に大きなバッタを
見つけました。
生きているバッタを直接見るなんて
もう何十年ぶりの出来事でしょうか
😳🤔😅

こんもりした丘というか
雑木林の中を歩いていくとまばらに
住宅があって、その住宅地に見つけた
ちょっとびっくりの注意看板

銃猟禁止区
イノシシとか出るのかな?
😳🤔😳
な〜んて思いつつ田舎道を歩くこと
7、8分


お目当ての神社に到着です。

この辺りは将門山
と昔から呼ばれているそうです。

それもそのはず
なんでも将門公とその父である平良将
館があったと言われているからです。
😳😳🤔
将門公もこの辺りで生まれたとも
言われているそうです。


神社の前に社務所なのか公民館なのか
はたまたただの倉庫なのか、数名の方が
何か作業をされていました。

よそ者の私の姿を見ても
怪訝そうな顔一つせず。私も会釈して
不審者ではないことアピール
😅🤔😅
昔、市原市のとある神社に行った時
私をよそ者と見るや、お前のような
よそ者がここで何をしている〜?
😠😠
と、
人が迫ってきた事があったので🤨😥
(ただ拝殿の中を外から見ていただけ)

田舎の神社ではちょっと緊張する事が
あるんです。

ってか
それよりも
ここが平将門公に縁のある場所
であるということでもっと
緊張していました。


ここは

将門口丿宮神社


将門公縁の神社を都内でここんとこ
巡ってきたので一度は来て見たかった
神社のひとつ。

将門神社と口丿宮神社が
一つに合わさった神社とのこと。

かなり古い手水盤に石燈籠
そこに刻まれた文字や人の名前から
この佐倉という土地に根付く信仰心の
強さを感じました。


石鳥居が

御用のないもの通しゃせぬ‼
っていうんでしょうか🤔
なんだか通せんぼをしている様にも
見える私。

ここが将門公のお父上の館の入口
だったのかも知れない?って思うと
なんだか緊張する私
😳😄😥


将門山大明神
と鳥居に彫り込まれた将門公の
お名前を見ていると

目から血が溢れ落ちる
😱🧟

そんな状態から見られているようで
大手町の首塚同様に
とても神妙な気になって行きます。


こういう田舎の神社の一人っきりに
なると
昔の世界にタイムスリップして
いろんな映像が脳裏に映し出されて
きます。
その中の殆どが、多分、私の妄想から
なのでしょうが、時にこの光景ってナニ!!
😳🤔
ってドキっとすることもあったりして
自分が将門公が生きていた時代に
思いを馳せると、いろんな不思議な力に
揉まれる私。
いろんな力が
私をからかいにくるのでしょうね。


御祭神は
当然のことながら将門公
なんですが
もう一柱
ともに祀られている方がおられます。

それは
佐倉惣五郎

江戸時代、佐倉藩の圧政を救うため
幕府に当時御法度とされた直接直訴を結果
妻、そして四人の子供と共に処刑された
という不遇の人だそうです。
同じ京成本線に宗吾参道という
駅があり、そこから歩いて15分くらいの
所に宗吾霊堂なんてお寺があります。

そこにも祀られている佐倉惣五郎樣

将門公も
佐倉惣五郎樣も

自ら正義を貫くためにその当時の
権力戦い、その結果命を落とされた。
将門は怨霊となった。
佐倉惣五郎樣もそうなったのでしょうか?
🤔🤔

だから
佐倉藩主の堀田氏は口之宮大明神として
佐倉惣五郎を神として祀り
その後
将門公とタッグを組ませる形でこの神社が
今に残ることとなったのでしょうね。

こんなお二人が


こんな姿で描かれるのも
そういった怨霊伝説によるものなの
かも知れませんね。


そんな二柱の前で
手を合わせる私。


自分よりも上の立場に就いている
者の悪政、悪態ぶり
身内、仲間からの謀反、裏切り
ま〜今の世の中でも働いていると
いろんなことで
組織に対して反旗を翻したくなることって
ありますね。
今は時代が進み、たとえそうしても
命の危険ってところまではいかないことが
多いですが、そうする

勇気、信念、強さ
ってものは、そうしないにしても自分の中に
持っておかないと、生きるのがしんどいって
ことになってしまうかも知れません。

将門公
佐倉惣五郎樣に
そんな圧力に負けない強さ

強運
武運
を授けていただけるようにと
強く念を送ります。
😄😁

この朽ちた大木から強い波動を
感じました。

ここから誰かが私が手を合わせている
姿を見ておられたのかもしれませんね。


お社の背後に小さな祠が
ありました。

これが何を祀っているのか正確には
分かりませんが
大きすぎる将門公という力に配慮して
実は佐倉惣五郎様を後ろで
祀っていたりするのか
はたまた
千葉氏が信仰した妙見信仰と関係した
祠なのか?
🤔🤔
ミステリー
🤔🤔


将門口ノ宮神社から歩いてすぐの
距離に奥宮とされる場所があります。

見た目は広い田んぼの中に木が生えている
という田舎の風景で社殿や鳥居といった
ものなど見当たらないのですが
遠くから見ると木の下何やら石碑のような
ものが見える。



近づいて行くと

なんだろう
このエネルギー圧は?
😳😳

何かにカラダが押されるような感覚
幹が根本から数本八方に枝分かれ状態で
伸びている。

そこにある
石碑には


桔梗塚
とある。
🤔🤔

伝承なのでホントのところは?ですが
将門公には桔梗御前と呼ばれた
心を許した女性(妻?側室?)が
いたそうなんですが、その桔梗御前が
将門公を裏切り影武者と将門公を見極める
方法、また、不死身のように強い将門公の
弱点がコメカミ部分であることを
敵対する藤原氏に伝えたそうなんです。
😳😱🧟

よーは謀反、後ろから斬られるといった
状態に陥ったんですね。
味方、しかも愛を注いでいた相手に
裏切らたコトを悟った将門公は
この地に桔梗の花が咲くことはないと
言って亡くなったとのこと。

進撃の巨人のように
うなじを切らないと巨人が死なないように
将門公の弱点はコメカミだった。
そこを目掛けて射られた矢が右目に当たり
将門公は首を落とされ戦に敗れた
🤔🤔🤔

桔梗塚って他にもあるそうなんですが
ここは将門公の館があったとされる場所
なので、その伝承される内容の真実性が
より膨らんでくるような。
🤔🤔😁


桔梗の花言葉って

永遠の愛
変わらぬ愛
誠実
とのこと。

将門公への愛が
将門公を裏切るという結果になったのか
はたまた
将門公が憎くてそうなったのか・・・
🤔🙄🤔

この辺りを将門町将門山
として今でもその名を残すにいたる
この地域。


これも一つの供養となる
のでしょうね。

将門公、佐倉惣五郎
と怨霊になった魂を神として祀ることに
よって守護していただけるのなら

私も
私にとって怨霊のような存在となって
いる人を神として祀れば
何かが変わってくるのかな?
🤔🙄🤔
って

くだらないコトを思いつつも
😅😄😅

将門公には
首から上の障りから救って頂き
百鬼を退け凶災を払わん‼

とお願いして
神社と桔梗塚を離れました。


観音様とのお約束です。