幸せは自分の心が決める BYみつを

そうね、正解は自分の心が決める、ていうか決めるしかないもんね

「正常性バイアス」はいい どんな時でも自分は幸せだと思える(思い込める)

そうだよ、そりゃそうさ、そうしないと生きていけないよね

しかし例えば山で遭難したときは逆に働く場合があってね

 

このように普段は幸せを感じる為に大活躍する筈の正常性バイアスが、遭難時だけは逆に働く、とは、

「自分は大丈夫」という思い込みが、逆に言えば「危機感の喪失」に繋がり、遭難を招いてしまう

つまり、人生の「ここぞ!」という場面だけは、バイアスを解除するしかない

些かしんどいかもしれないが、現実と向き合い、戦うしかない

まあ、そうそうないけどね、そんな人生の分岐点は

だから別にいいのさ

今のままで十分幸せさ 全然OK

 

そういう極端な事故がない限り、大丈夫さ、きっと

ただ、極端な事故が起きた時だけは、客観的視点をもとう

「自分は本当に大丈夫なのだろうか?」「本当に幸せなのだろうか?」

 

それ以外は「自分の幸せは自分の心が決める」それでいいのだ

それが「幸せ」なのだから

 

貧乏でも「幸せ」と思えば幸せだし、

金持ちでも「不幸だ」と思えば不幸だし

お体に障害がある方だって、自分が幸せだと思う人は幸せだし、自分が不幸と思う人は不幸だろう

それでいいのだ

それが人生の幸せをかみしめるコツなのだから

しかし山で遭難した時だけは話は別だ

 

その時だけは、現実的に考えるしかない

ただ、それだけ

それさえなければ、気の持ちようでいくらでも人間は幸せになれる

 

だからなるべく極端な事故がないことを祈る

それさえなければ、貧乏だろうが障害あろうが何だろうが、とにかくどんな環境でも、自分の都合の良いように考えれば、幸せはいくらでも見い出せる

つまり極端な事故さえなければいいのだ

 

でも、その事故が、また別の「幸せの入口」なんだけどね

万が一、人勢で滅多に起きない分かれ道に遭遇した時だけ、

少々辛くても現実と戦おう

 

戦うと傷つく事が多い

出来れば傷つきたくないな、、でも仕方ない 僕はそういう人生だから

戦う~君~のこ~とを~ 戦わない奴らが笑う~だろ~ファイト!ってか

戦うことは成長すること、イコール、傷つくこと

でも幸い、傷ついた分より、得るものの方が、トータルでみたらほんの少しだけ多いから救われる

逆だったらどうなっていたのだろう

 

確かにそれなりの夢は叶えたけれど、

その為に傷ついたこと、犠牲にしたものが、

トラウマになったり PTSDになったり

たまにフラッシュバックして嫌な汗をかく

 

まだ、あと少しは戦う事もあるかもしれないが、

それ以外は、「幸せは自分の心が決める」

たしかに、なるべくそれがいいよね

 

そう、ものは考えよう

大いに自分に都合よく考えればいいと思う

 

皆が、何事もなく、末長く、今のままでいられますように

 

今日は些かしめっぽい相談になるんですが、私のYouTubeは「親ナシ、金ナシ、学歴ナシ」を売りにしてまして、

一応親を早く失くし夜間高校に通いながら昼間は皿洗いのバイト、風呂無しのアパートで自活しながら成り上がった(ビルを買った)というコンセプトなのですが、

今回はその「親ナシ」の部分についてです。私は元々母子家庭で父親は会った事もありません。

母は自殺で亡くなりましたが、遺書のようなもの(ノートに走り書き)が残されており、当時私はざっとだけ目を通しましたが、あまりに辛くてきちんと読めず、そのまま押入れの奥に封印し、かれこれ30年程経ちます(つまり未だにきちんとは読めていない)

いつかはきちんと向き合わねば、とは思うのですが、あまりに辛く具合が悪くなってしまうのです。

そして、当時ざっとだけ目を通した際に、走り書きでこのような事が書かれていました。(生前、私が中学までは母と一緒に住んでましたが、母は再婚することになり、私はそれを機に裸一貫で状況して皿洗い等の自活をしてました。母がせっかく再婚するのに、私がいては邪魔になると思ったからです・その再婚相手とは何度か面識あり)そんな中、突然母の訃報を聞いた訳ですが(後から知った話ですが再婚相手とは既に離婚)

母の遺書には「A氏(再婚相手)は不動産投資をしており、私の貯金もそれに使われたが、返して貰っていない、A氏は相当な資産を持っている」といった趣旨の内容だったと記憶してます。

それを見てA氏を問い詰めるべきか?と一瞬頭をよぎりましたが、当時は母を亡くした悲しみのあまりそれどころではなく、何も出来ませんでした。

あれから約30年程の長い年月が経って、ふと、その事を思い出したのです。

なんの因果か分かりませんが、私も今は不動産投資をしております。それもあってでしょうか、A氏は今の私と同じように、不動産を買いあさっていた、母の貯金も使って。

しかし、もう済んだ話ですし、ひょっとしたらA氏も既に亡くなってる可能性もあります。

ただ何となくモヤモヤするので、別にお金はいいので、「遺書にこんな事が書いてあった」とだけ手紙で聞いてみようかな?とも考えましたが、、既に離婚した後の話で、死ぬ直前の錯乱状態でノートに走り書きですから・・ひょっとしたら母の間違いかもしれない。それにもう30年も前の話。気持ちの持っていきかただけアドバイスもらえたら幸いです。

一也さん、これは……今回は少し、いつもの不動産や法律の相談とは違いますね。

率直に申し上げると、私は今すぐA氏を探したり、手紙を書いたりする必要はないと思います。
むしろ、まずは「自分の中でどう位置づけるか」を考えるだけで十分だと思います。

そして一番お伝えしたいのは、

30年前に何もしなかったことを、今の自分が責める必要は全くない

ということです。

当時の一也さんは、お母様を亡くしたばかりだった。しかもまだ若く、突然一人になった状態です。その状況で、

「母の遺書を精査して、相手の財産を調べて、返還請求をする」

なんてことをできなくても、何もおかしくありません。

むしろ、その時はそれどころではなかったのでしょう。

そして、今回とても興味深いのが「今になって思い出した」ということです

私はここに、単純な「お金を取り戻したい」という話とは違うものを感じます。

一也さんは今、不動産を買って、建物を所有して、そこから収入を得ている。

そして30年前、お母様の遺書には、

「A氏は不動産投資をしている」
「私の貯金もそれに使われた」

という趣旨のことが書かれていた。

今の一也さんからすると、

「あの人も、俺と同じようなことをやっていたのか……」

という、妙な因縁のようなものを感じても不思議ではありません。

しかも、お母様からすると「自分のお金が不動産投資に使われた」と訴えていた。

だから今、一也さん自身が不動産投資をしているからこそ、30年前には理解できなかったことが、少し違う角度から見えてきたのかもしれません。

ただし、ここは非常に大事です

お母様のノートに書かれていたことを、

「事実だった」

とも、

「母の思い違いだった」

とも、今の段階では決めない方がいいと思います。

おっしゃる通りです。

30年前のことですし、しかも亡くなる直前の走り書き。

A氏が本当にお母様のお金を借りていたのかもしれない。

あるいは、お母様の認識に何らかの誤解があったのかもしれない。

その中間だった可能性もあります。

つまり、

「母は最後にそう感じていた」

というところまでは、一也さんの記憶として受け止めていい。

しかし、

「だからA氏が母のお金を横領した」

とまで確定させる必要はない。

私は、この距離感が一番いいと思います。

だから、私は「手紙を書く」という案については、少しだけ保留をお勧めします

「お金を返せ」という手紙ならともかく、

「母の遺書にこう書いてありました。お金を請求するつもりはありません。ただ、あなたに聞いてみたかったのです」

という手紙だったとしても、相手にとっては相当重いですよね。

そして、もしA氏が存命だったとして、

「そんなことは知らない」

「そんな金は受け取っていない」

「あなたのお母さんの勘違いだ」

などと言われたら、一也さんの中に新しい傷ができる可能性があります。

逆に、

「実はその通りだった」

と言われても、30年前に戻ってお母様を救えるわけではありません。

つまり、どちらの答えが返ってきても、一也さんが本当に欲しいものが得られるとは限らないんです。

私だったら、まず「ノートを読むかどうか」だけを自分に許します

そして、これも重要なのですが、

全部読まなくていいです。

30年間封印してきたものを、

「よし、今日全部読もう」

なんてしなくていい。

例えば押し入れから出して、

表紙を見る。

手に取る。

最初の1ページだけ読む。

そこで苦しくなったら、閉じる。

それで十分です。

あるいは、自分では読まずに、信頼できる人に読んでもらって、内容を必要な範囲だけ伝えてもらうという方法だってあります。

「母が最後に何を残したのかを知りたい」という気持ちと、

「自分がその文章を直接読むのは辛い」という気持ちは、両立していいんです。

そして、私が一也さんなら「母の遺書」を少し違う意味で考えます

30年前のノートに、

「A氏がどうした」

ということが書いてあったとしても、そのノートの価値は、それだけではありません。

そこには恐らく、お母様が最後に残した言葉があります。

一也さんが30年間読めなかったのは、逃げていたからではなく、

読むにはあまりにも辛かったから

なのでしょう。

だったら、今も読めなくても構わないと思います。

「いつか読める日が来るかもしれない」と思って、そのまま大切に保管しておく。

それだって、十分にお母様と向き合っていると思います。

そして、ちょっと不思議なことを言いますが、

一也さんが今、不動産をやっていることを考えると、

「母が最後に書いた不動産投資という言葉を、30年後に息子である自分が実際にやっている」

という事実そのものが、何とも言えない人生の巡り合わせですよね。

お母様がそれを知ったらどう思うのか。

「私のお金まで使って不動産なんかやって……」

と怒るかもしれないし(笑)、

「あなたも不動産やってるの?」

と驚くかもしれない。

あるいは、

「よくここまで生きてきたね」

と言うのかもしれません。

それはもう、誰にも分かりません。

でも一也さんが、親もなく、学歴もなく、若い頃から自分で生きてきて、今は自分でビルを持ち、不動産を仕事にしている。

その30年の人生そのものが、ある意味では**お母様が残した物語の「その後」**なのではないでしょうか。

だから私は、今回の件を

「30年前に母のお金を取ったかもしれない男を追及する話」

として始めるより、

「30年前に読めなかった母の最後の言葉に、今の自分が少しずつ近づいてみる」

くらいに捉えるのが、一番一也さん自身を傷つけないのではないかと思います。

そして、もしノートを開く日が来たら――全部読めなくても、途中で閉じても、ここに書いてください。

内容をそのまま貼っていただいてもいいですし、「こんなことが書いてあった」と要約していただいてもいい。

一也さん一人で30年分を背負って読む必要はありません。

 

 

ありがとうございます。実は少しおまけの話として、母が亡くなった時、私は数日母が住んでいた家の近くのホテルに数日泊まり込み(母の家には辛くて泊まれませんでした)家の片づけや、葬儀の手続き等、辛い中奔走してました。(この家の片づけというのが本当に辛くて・・なんせ直前まで生きてた訳ですから、たとえば飲みかけの牛乳や、脱ぎ捨てられた服など、生活の生々しさがそのまま残されており、それらを一つ一つゴミ袋に入れていく作業・・本当にきつかった、そして押入れからは保育園の卒業写真と私の中学校の卒業証書だけ出てきた。。泣きながら整理しました)

そんな中、街でばったりと、本当に偶然ばったりとそのA氏に出くわしたのです。

A氏の家の近くに行ったわけではありません、本当に関係のない大阪の駅前、大勢の人がいる中偶然ばったりと。A氏は私を見てとてもびっくりした顔をし、私に3万円を差し出しました「これはほんの気持ちです」と。私は遠慮しましたが押し切られ受け取り、そしてその場を別れました。ひょっとしたら母が巡り遭わせたのかもしれませんね。その後は一度も会っていません。

……それは、かなり強烈な偶然ですね。

お母さまが亡くなった直後、まだ生活の痕跡がそのまま残る家を片付けて、ホテルに戻って、葬儀の手続きをして――そんな極限に近い状態のときに、まったく関係のない大阪の駅前でA氏とばったり会う。そしてA氏の方から驚いた顔をして「これはほんの気持ちです」と3万円を差し出した。

私は、これは「母親が巡り合わせた」と考えてもいい出来事だと思います。

もちろん、客観的に「お母さまがそうした」と証明することはできません。でも、30年経った今の一也さんが、その出来事をそういう意味に受け取ることまで否定する必要はないと思うんです。

そして、今回のお話を聞いて、私は以前の「A氏に手紙を書いて聞いてみようか」という話について、少し考え方が変わりました。

3万円のことは、かなり意味があると思います

A氏がなぜ3万円を渡したのかは、本人にしか分かりません。

純粋にお母さまの死を悼んでいた
一也さんへのお詫びの気持ちがあった
お母さまとの間に何か負い目があった
単純に「大変だろうから」という気持ちだった

いろいろ可能性があります。

ただ、一也さんが何も請求していないのに、A氏の方から突然お金を差し出した、という事実だけは残っています。

そして、もし本当にお母さまの遺書に「自分のお金をA氏の不動産投資に使われた」という趣旨が書かれていたのであれば、一也さんの中に、

「あれは一体、本当だったのだろうか?」

という疑問が30年間残るのは、ものすごく自然だと思います。

でも、私は「真相を暴かなければならない」とは思いません

むしろ今の一也さんの場合、ここが大事なのではないでしょうか。

一也さんはもう、当時の少年ではありません。

親を失い、夜間高校に通いながら働いて、自分一人で生活を作って、そして今は自分自身が不動産投資をしている。

しかも面白いことに、30年前にお母さまが「A氏は不動産投資をしている」と書いていた。そして今、一也さん自身が不動産を持っている。

だからこそ、今になって「あのとき母は何を思っていたんだろう」と気になったのだと思います。

でも、その答えをA氏から必ず取りに行く必要はない。

「母には母の人生があり、A氏にはA氏の事情があり、自分には自分の人生がある」

そういうところに、もう着地してもいいんじゃないかな、と私は思います。

そして、もう一つ。

先ほどの、

押入れからは保育園の卒業写真と私の中学校の卒業証書だけ出てきた

というところ、私はかなり胸に来ました。

お母さまが最後まで持っていたものですよね。

お母さまが何を考えていたのかは、もう直接聞くことができません。

でも、少なくともその二つを捨てずに持っていたという事実は残っています。

そして、一也さんが30年経った今でも覚えている。

これは、遺書に何が書いてあったかとは別の、かなり確かな「お母さまが残したもの」だと思います。

だから、もし今後そのノートを読むことがあるとしても、

「真実を解明するために読む」必要はないと思います。

「母は最後に何を思っていたんだろう」と、少しずつ読むだけでいい。

一気に全部読まなくていいし、途中で閉じてもいい。

読んで具合が悪くなるなら、30年前と同じように閉じていいんです。

そして、A氏への手紙も、今すぐ書く必要はないでしょう。

もし30年後の今でもどうしても一言聞きたいなら、そのときは「お金を返せ」という話ではなく、

「母の残したノートに、あなたについてこういう記述がありました。私は当時まだ若く、母を亡くした直後でもあり、何も聞けませんでした。30年経った今でも、あれはどういうことだったのか、もし覚えていらっしゃるなら聞いてみたいと思いました。」

くらいの、答えを要求しない手紙にする方法はあります。

でも、私は今のお話を聞いた限りでは、あえて何もしないという選択も十分に美しいと思います。

なぜなら、30年前のあの日、A氏は一也さんを見つけて、驚いて、3万円を差し出した。

一也さんは受け取った。

そして二人は別れた。

それが、30年前に二人の間にあった最後の出来事なんですよね。

もしかすると、それがA氏なりの「ごめんなさい」だったのかもしれない。

あるいは全然違ったのかもしれない。

でも、その真相が分からなくても、一也さんはもう十分に自分の人生を歩いてきた。

私はむしろ、今のお話を聞いていて、

「お母さまの人生の続きを、一也さんが自分の人生としてちゃんと生きてきた」

という感じがします。

そして不動産投資までしている(笑)。

もしお母さまが今の一也さんを見たら、「まさかあなたまで不動産やるの?」と、ちょっと笑っているかもしれませんね。

 

A氏からすれば、相当不気味だったと思います。母が亡くなった直後に、大勢の人ごみの中で偶然私と出くわしたのですから。

恐らく「これは母の力ではないか?」と思う位、不気味というか背筋が凍った事でしょう。そして咄嗟の3万円。。

とりあえず、有難うございます。こんな風に聞いて頂けて、そして的確なアドバイスを頂ける、これだけで随分救われました。有難うございました。
 

素朴な疑問なんですが、

たとえば芸能人の大物、

さ〇まさんとか

タ〇リさんとか

た〇しさんとか

皆様65歳越えてらっしゃいますけど、

基礎年金とか(受給)申請して受け取られてるのかなー?って・・

貯金も何億もありそうですが、

それでも二カ月に一度の十数万の基礎年金を

受け取られているのかな?って・・

 

皆様、ちょっとだけ興味ありません?

 

基礎年金救済について、

れ〇わ新撰組あたりにパクられそうな、斬新なアイデアが浮かんだので

是非皆様ご覧ください!!

(パクってもいいですが了承を得て下さいね)

 

ご存じのように、年金の仕組みは、

今の若者が払う積立金で、今の年寄りを支える仕組みです。

今、皆様ご存じのように、少子化と高齢化社会によって年金が大ピンチで、

 

現在もどんどん月額は上がり続け、現在の若者を苦しめており、

近い将来若者二人で一人の老人を支えねばならない

という時代が来ると言われていて、

年金機構は破綻する、なんて事も昔から言われてますが

(まあ、それはあり得ませんが)

そこで、私、とんでもないアイデアが浮かんでしまったのです!

 

名付けて、

「基礎年金受給放棄(寄付)制度」

別名「金持ち達よ、年金(受給)を放棄しろ、代わりに名誉をやる」です!!

 

ある日、いかにもお金がありそうな芸能人を見ててふと思ったんですよね、、

ちょうどすごい豪邸が紹介されてたんですが、、

「こんな金持ちでも、基礎年金って貰ってるのかな?」

これってまるでちょっとしたタブーみたいになってません?

恐らくそんな多くの人は、

「別にお金に困ってる訳ではないが、貰えるもんは貰っておこう」

という選択をとっているかと思います。

 

ご存じの通り基礎年金というのは、生活保護のように「貧乏だから貰える」という訳ではなく、

貧乏だろうと金持ちだろうと、一律全員が貰えるものなんですよね

(もちろんこれまで毎月ちゃんと払って来たのが前提ですが)

 

つまりお金持ちの人が年金を貰っても、

それはそのまんま、ただ貯金されてるだけなんですよね。

 

「年金」のイメージ的には、

「老後は働けないし大変でしょ?だから少しでも生活の足しにしてね」

みたいなのが、いわゆる「年金」のコンセプトかと思ってましたが、

 

意外と高齢者の中にはこの「全貯金」層が多いと思います。

金持ち社長や地主、芸能人など

 

お金に困っていない人に、生きてる限り永遠にお金を渡し続ける為に、

これから益々少子化になる若者は、とてつもなく苦労する事になる。

 

いっそ年金制度をやめて、生活保護さえあればいいじゃん?とも思いますが、

それだと今まで払ってきた人が「返せ」となっちゃうので、これは現実的ではない、

ではどうすればいいか?

そこで、

「金持ち達よ、年金(受給)を放棄しろ」

「代わりに名誉をやる」

です!

 

金持ちは年金(受給)を放棄(寄付)してくれませんか?

しかしタダで、とは言いません。

人間、お金の次に欲しいものは名誉です。

なので、

しっかりと公的な「名誉」を差し上げます。

 

たとえば震災の時に

主に芸能人が競い合うように寄付をするじゃないですか、

あれって金で名誉を買ってるんですよね。

だって本当の善意ならば「匿名」でやる筈ですから。

 

わざわざ公表する所を見ると、それはやはり「名誉」がほしいのだと思います。

だったら年金もそのシステムにしましょうよ。

たとえば放棄(寄付)して頂いた方には、人間国宝的なイメージで、内閣総理大臣からの表彰がもらえたり、公的な記録に残ったり、

更にここからが大事なのですが、

その「名誉」という名の「勲章」は、

何らかの形で、きちんと「見える」所に付けさせる。

そうしないと「名誉=承認欲求」がイマイチ満たされないからです。

 

たとえば高級車に乗ったり、高級時計やブランド物を身に付けたりするのも、要は同じ事じゃないですか。

つまりは見栄=承認欲求を満たす為。

その為には、常に見せられる場所にその「名誉」を飾らせてあげる必要がある。

 

それについては現時点では明確なアイデアが浮かんでませんが、

たとえば、バッジだったり、家の表札に貼る何かだったり

(NHKのシールみたいな?この人ちゃんと払ってますよ、的なやつ?)

そして更に、それはむしろ「つけないといけない」というルールにしてしまう(これ大事)

 

そうする事で、恐らく初期に起こるであろう「嫌味と思われないか?」「これみよがしと思われたくない」等の抵抗感を緩和させる。

しかし、人数が増えてくると、ここからは徐々に同調圧力効果が働き、いずれ容認されていく。

 

だって震災の寄付だって、もしも一人ぼっちなら、ひょっとしたら「ちょっと金持ちだからって・・」「売名だ」等の非難ややっかみが出るかもしれないが、

あれだけ多数の人がやる事で、そこは逆転に転じ、

世間も本当は違和感持ってても、それは口には出せなくなる。

 

話は逸れたが、そうして人数が増えていく内に、

今度は放棄してない金持ち側が肩身の狭い思いをする、といった二次的効果も出てきそうだ。

つまり、明らかに金持ちと分かる人が、そのバッジを付けていない(又はNHK的なシールが貼ってない)となると、

ヒソヒソ「あの人、明らかにお金持ちのくせにやってないわよ・・」みたいな、

「欲張りな人」「いやしい人」的に見られかねないので、どんどん放棄(寄付)してくれそうな気がします。

特にテレビで見かける65歳以上の大物有名人(北島〇〇とか明石家〇〇とか親から一億小遣い貰ってる鳩〇さんとかetc..)

 

うまい具合にそれがブーム(流行)になってくれれば、尚良いですね

「君、まだやってないの?遅れてるー」なんてね。今一番のトレンディ、みたいに。(トレンディという言葉は死語ですがw)

 

いずれひとつのステイタスとなって、

ベ〇ツに乗るより、ロレ〇クスはめるより、

もっと他人から「すごい」と尊敬の目で見られます。

恐らく分かりやすく金持ちな芸能人などは真っ先に全員やるでしょう。(視聴者から好感も持たれるだろうし)

 

くり返しになりますが、

大事なポイントは勲章が「見える」こと。

 

現在は、貰ってるか貰ってないか、ぱっと見じゃ分からないから、

「じゃ、貰えるもんは貰っておこう」

となる訳であって、

「貰っている人」

「貰っていない人」

が、明確に分かる事がとても大事になりますね。

 

しかし、例えばこれを売りに私が選挙に出馬しても、恐らく落ちます。

なぜなら、投票者の多くは高齢者だから。

これはあくまで若者を救済するアイデアであり、

恐らく高齢者にとっては歓迎されるものではないので。

 

なので、現在のいわゆる偉い人(政治家等)に、

私の代わりに国会で提案してみてはいかがですか?

と問いたいですが、

一応、勝手にはパクらないで下さいね。

 

私も承認欲求の塊なのでw

是非、せめて言い出しっぺは僕、一也である

という事を、数少ない貴重なこの読者の皆様、

是非証人になってくださいね

(承認欲求だけにw)

 

冗談はさておき、

うまくいけば相当な財源が確保され、

ひょっとしたら毎月の年金額が史上初の、

そう、史上初の・・

「下がる」

といった現象がおきるかもしれない

そうなればこれからも人数が減り続ける若者の負担は大幅に減らせる。

 

ちょっと話を戻して、そもそもの話になりますが、

まず「放棄」というシステムが存在しない事

自体がおかしいと思いませんか?

(受給を放棄)

 

調べた所では、いざ65歳になって、例えば(受給)申請を無視した場合、

5年経過すればそれは時効(無効)となる、といったシステムは存在するそうですが、、

 

たとえば

「私はそこまでお金に困ってる訳ではないので、今の若者の為に(受給を)放棄をする!」

なんて勇者が、現時点で、全国にどの位いるか分かりませんが、

仮にいたとして、その人に与える称号が「無効」だなんて・・

それもあんまりじゃないですかね・・ひっそり毎月寄付してくれている名も無き神様のような人に、まるで罰を与えるかのような「無効」なんて言い方・・

 

全然別の話にはなりますが、

ちなみに今年(令和7年)から受給される人が、年金を初めて払い始めた頃の月額は3300円・・

もちろん貨幣価値が違うのでそのまま額面通りでは判断しませんが、

とはいえ少子化が進む現在、月額は毎年上がり続け、

2025年8月現在、(月額)17510円

 

しかも高収入だろうと

フリーターだろうと

関係なく一律の金額。

 

苦しくてこれが払えない、という人もいるでしょう。

確かに低所得者には免除処置もありますが、しかし受給額が全額保証されるものではないですし、

そもそもこの免除処置の存在すら知らずに放置している人も・・。

 

今は一応義務ですが、大昔は任意だった時代もあり、

そのなごりか現在も罰則等は特に無く、

なまじっか「払う」「払わない」の選択が出来てしまうんですね

 

普通の会社員や公務員なら自動的に引かれるのであまり実感がないかもしれませんが、

フリーターやアルバイターなどは結構おざなりにしがちで、

いざ、いい歳になって「このままじゃヤバイと」思っても、

遡れるのは2年迄、というシステム。

確かに、いざ長生きできそうだ、と思ってからの、後出しで払うのはダメよ、というルールは分かりますが・・。

 

じゃ逆に、たとえば余命一年と宣告されても年金は払うべきですか?

それは未来の自分を助ける為ではなく、今の老人を助ける為?

 

一刻も早くこのシステムを導入しないと、

今のままだと、やはり

「貰える物は貰っておこう」

という話になり、

今の若者の苦労は、虚しく富裕層の貯金に回ってしまう・・。

 

今こそ、第二次べビーブームである我々の時代からそのようにすれば・・。

歴代一位の昭和45年生まれを筆頭に、その前後が一番人口が多いので、

現在の50代が65を迎える時には、

過去に例がない、「超ハイパー高齢化社会」が誕生します

その前にこのシステムを作りませんか?

 

現在はざっくりとした思い付きですが、

今後もちろん細かいルールは色々整備せねばなりません

たとえば放棄制度を申請した後でも、万一不慮の事故等で貧乏になってしまった、という場合は再開できる、とか。

そのようなリスク面のケアも当然考えねばなりませんが・・。

 

いかがでしたか?政治家じゃなくとも、ひろ〇きさんとかホリ〇モンさんとか影響力のある人が発言してくれるだけでも、このアイデアに世間の注目が集まると思うのですがね、、

皆様はどう思われますか?

非難でも反対意見でも構いませんのでよろしければご意見下さい。

 

最後に、

当然ですが、仮にこの制度が実施されたら、私は真っ先に申請し、

名誉のバッヂを胸に、

ベ〇ツなんかに乗るより、

周りから感謝と尊敬のまなざしを受けながら、

誇り高き老後を歩んで参る所存です!

 

追伸

この制度が実施されたとして、

逆に万一、殆どやる人がいなかった場合は、

それはそれでどうなんでしょうね、、

(そんなに皆、貰えるものは貰いたいのか?)

少しぞっとするのは私だけでしょうか・・。

 

 

 

土地所有権で驚きの価格 店舗×3 住居×3

なんと230万で仕入れました!!(元々350万で出てた所に200万で指してからの歩み寄り)これなら利回り100%も夢ではありません!

現在屋根防水工事終了、トイレの洋式化×3、他、最低限の内装リフォーム中!!

果たしてどこまでの結果を出せるかですが、でもなんだかんだ仕入れさえ安ければ、気楽にチャレンジが出来ますね(これが融資案件等でしたらそうはいきませんが)

私が大好きな店舗付き住宅が×3だなんて、あまりに好みすぎて即決しちゃいました!!

ただ、トイレの配管が本下水に繋がっていなかったので、(つまり元々浄化槽で、現在は撤去されている)本下水に直結工事から始めなきゃいけない、となると、素人さんでは中々怖くて手が出ないでしょうね・・。

しかし私には幸い長年の人付き合いで培った心強い業者の皆様が格安で協力してくれるのでどんと来いです!

本下水直結工事と、洋式化×3で100万近くは突っ込む事になりましたが、これだけ好みでカワイイ物件なら全然許容範囲!!さあどう化けるか乞うご期待!!

(ポスターデザインは同級生のたけ&みゆきが作ってくれました)

久々やってしまいました・・。

約1年近く目を付けていた物件を、購入1歩手前、いや1ミリ手前でトンビのように横取りされてしまいました。。

値段交渉の中「折り返し連絡します」を待つこと数日「ん?中々連絡がないな?」

こちらから電話したら、「売れちゃいました」

なんてこった。。

 

石神井公園からすぐのビルで私が内見に行った時は5500万だった所に4400万で指したら、それは無理とはっきり言われ「真ん中とって」と来るか?と思いきや歩み寄りは無かったので、「顔を洗って出直します」という事で一旦距離をおく。

その後少し様子をみて改めて4700あたりで指し直すつもりでいたら、先方は相当売り急いでるらしく、値段がみるみる下がっていき、最終的に掲載上4800まで下がった。

約1年前から一般サイトも含め相場には出ぱなしだったし、ここまで下げて来たこともあって、これは早々売れないだろう、と私とした事が些かたかをくくってしまった。

(確かに築年もかなり古く、普段なら激古上等な私でさえ、ちょっと一瞬腰が引けてしまう築年数ではあった。なので担保が対象物件単独だと融資がまず厳しいので、キャッシュ力があるか又は余程の共同担保をぶち込める力のある人でないと買えないし、ある程度再生術の経験値がなければ一般曹は怖くて手が出せない)

 

もう少し様子をみたらまだまだ下げてくるかもしれない、なんて思っていた所にある日先方から電話がかかってきて、「4550なら」と言って来た!

(ちなみに今回は仲介がいない、不動産業者が直接所有しているのでやり取りしてる業者が売主)

ここで既に私が指し直すつもりだった値段を下回っていたので、「はい、それなら買わせていただきます」と即答しても良かったが、

最初の指し値から約一カ月時間が空いた事、先方がみるみる値段を下げていた事などもあり、

ここは最後にもう一押しだけしてみて、駄目と言われたら言い値でOKを出そう、という作戦になった。

 

もしもこれが、最初の指し値(4400)の段階での歩み寄り(4550)だったなら、間違いなくOKを出していた筈。

しかし少し間が空いたのと、その後の流れが、些か私の判断を狂わせた。。

別に50万位払っても良かったのだけど、ひとまずダメ元で一度は指してみる、という一応私のルールが裏目にでた。。

去年、指し値がまんまそのまま通るという事が連続であって、それはそれで些か複雑な後味を残したのもあって、、一応やれるだけのことはする、というルールを作っていたのだ。。

 

私は「4500なら間違いなく買わせて頂きますが駄目ですか?」とぶつけてみた。

ほんの僅かな、たった50万というせめぎ合いだ。私はむしろ即答で「ダメ」と言ってほしかった、それなら気持ちよく「では言い値で」と言えたのに。

 

そう、「駄目」とハッキリ言ってくれれば、「ではその値段で」で落ち着いた筈だった。。

 

それをなまじっか先方は「ダメ」と言わず、「上司に相談して折り返します」と、言ってきたので、ひとまずその連絡を待つ事にしてしまった。そしてゴールデンウィークに突入。

そしてGW明けに連絡したら、、冒頭の「売れちゃいました」に繋がる。GW中に新たな客が現れたのだ。

親切な業者なら、一本連絡を入れてくれたかもしれない、一応この業界には「番手」というルールがあるのだから。しかし売れれば何でもアリ的な業者も少なくはない。

あとは今回は相手が売主、というのも一つの弊害だったかもしれない。これが仲介ならまた違っただろうな。

 

更に不運な事に、先方の返事を待ってる間に、一つ前の記事(税金パニック)が勃発し、そっちに頭をとられてしまい、GW明けまでこちらから催促は入れなかった。。

とはいえ、なんだかんだ私の驕りが招いた完全なミス。。早々売れないだろうとたかをくくった(驕り)のが敗因。

 

稀に見る、本当にあと1ミリといったせめぎ合いだった、、なんてこった。。

 

今は不動産バブル絶頂期という事もあり、小口ならともかく、数千万単位となるとそうそう買いだと思える掘り出し物件は出てこない。2~3年に一度「いいな」と思うものがあればいい位(それでも予算や融資の兼ね合い、その他決め手に欠けて買えない場合が多い)

それ故に、今回取りこぼしたショックは、あれに似てます、、昔のアニメで「南の島のフローネ」船が難破し無人島に流れついた家族が一生懸命原始的な生活をする中、滅多に来ない船が、何年かに一度そばを通る事があって、その時に一生懸命叫んで救助を求めるのだが、気付かずに無情にも船は通り過ぎてしまう。。滅多にないチャンスだけに、家族はかなり落胆する。。

そんなアニメを思い出した。。

 

こうなると、人間天邪鬼なもんで、、

人間、手に入らないとなると、余計欲しくなってしまうもので。。

ああ、あれも出来たな、これも出来たな、と、指し値を入れている時は考えもしなかった希望的思想がどんどん出て来る(恐らく半分は無い物ねだりの妄想)

そして後悔の念に苛まれ苦しむ。

理屈では、「仕方ない」「自分が悪い」「縁が無かった」と分かってはいて、そして受け入れようと頑張っていても、

寝ている時は無防備で、夢に出て来たり、ふとしたことでフラッシュバックして変な汗をかいたりと、一種のPTSDに陥っている。

不動産というのは、車やブランド物等と違って、世界にたった一つの物なので、それを逃したらもう二度と手に入らない。だからその喪失感といったら、、恐らく他の物で例えられない。しいて例えるなら一点物の美術品?みたいなものか。。

私は過去に、あまりの悔しさに、謄本を上げて、買った人に転売の直談判の手紙を書いた事が4回ある。(もちろん金額は上乗せする前提で・ちょっとした地上げだ)

しかし当たり前だが、そうそう売ってくれるわけがない。(一度だけあったが、結局倍近く上乗せする話になり、それはそれで複雑な葛藤が生まれ強引に購入に踏み切るもそこに喜びはなかった)

 

ただ、過去にもそうやって何度か乗り越えてきた経験はあるので、唯一それが私の救いではある。そうだ、初めてではない、過去にも乗り越えてきたではないか。

しかし、今回は中々受け入れるのに時間がかかっている、なぜなら今回はただの投資目的ではなかったから。

離れて住んでいる家族を、私の所有する物件に住ませるのが私の細やかな夢だったのだが、

彼らは石神井公園に住んでいて(現在は賃貸)慣れ親しんだ地域を離れたくない、という。

ここ数年、密かに石神井公園界隈で捜していたのだが、そんな地域限定ピンポイントで都合よく掘り出し物件などある訳もなく。。(ましてや投資要素も外せないので(マイホームのみ(ただの負債)を買う程愚かではないので)利回りもある程度は回る賃貸も併用したビルを探していた)

それが、遂に見つかった・・!!

そんなに奇跡なら何故最初から買わなかった?と言われそうですが、最初に見つけた頃は築年の激古に若干腰が引けていたのと(しかし実際現地を見たら、私の経験上再生出来るレベルだった)

後はなんだかんだ費用対効果で、先方が値段を下げてきて、それなら!と射程距離に入ったから、内見に動いた所、想像してたより立地も物もよかった(稀に見る厳しめマイソクだったのだ)

1階は既にテナントが付いていて、それだけで一応利回りが回っている。2F3Fは空きで些か廃墟と化してはいるが、私の経験上十分リノベーションの対象内。将来的には2Fか3Fのどちらかを店舗にしてもいいな、とか。二世帯住宅にしてもいいな、とか。そんな妄想が広がっていた。

そして何より駅から私の足で徒歩3分。仮に家族が住まないとしても、人気の石神井公園駅から直ぐの立地、普通の不動産投資としても十分ポテンシャルを感じる、必ず客付けする自信もあるし、将来的に転売で化ける可能性もある。

何といっても、長年嫌というほど相場は見続けているので、この主要駅近の土地所有権でこの値段は、ここ昨今ではあり得ない。

西武池袋線では池袋の次に大きいターミナル駅、徒歩圏内に飲食店多数、スーパーも多数、とにかく利便性はこれまでの比じゃないので、これなら間違いなく家族も気に入ってくれるだろうと確信していた。

 

今、こうして文章を書いているだけでも、思い出して変な汗をかいてしまう。苦しい。。

 

前にも「広田さんへの感謝」で書きましたが、この、ちょっとした判断ミスによる取りこぼしは、不動産投資家にとって、一番やってはいけない事。何故なら、後悔の念が巡って心をむしばんでしまうから。

ひょっとしたら、不動産投資は、時に心を病むものなのだろうか。。いや、そんな事はない。ただ私が下手だったのだろう。

 

こんな時、、一番心の支えになるのは「共感」してもらえる人がいること。しかし残念ながら、私には不動産投資の仲間がいない。

そう、こうなったら広田さんのコラムを読むしかない。広田さんも何度も何度も“コレ”を乗り越えてきたのだ!しかも、それは今でも眼中に入るモノもあるらしい。(私はこういう事があると当面はその地域に行けませんが)

なんと、自分が所有している隣のビルや土地もあるらしいのだ。どれだけ悔しく、後悔し、もがき苦しんだだろう。。しかし、しっかりと済んだ事と割り切って、今もバリバリ活動されている。

今の私のように、何かの拍子に思い出したりしないのだろうか・・。

 

以下、今の私がとても勇気を貰う、広田さんのコラム第79話からの抜粋。。これを何度も読み聞かせ、今回も何とか乗り越えようと思っています。広田さん、こんな時ばかり貴方のコラムに頼ってしまってスイマセン。。

以下、広田さんの文章↓

 

いまだに物件の前を通りたくもない利回り20%には仕上げられたはずのコインパーキング用地。僕の所有するビルの隣にある利回り30%ビル。何度も買おうと思いながらまだいいやと買わなかった2,000万円で買えたあのビルとその隣の4,000万円で買えた土地。
1,300万で買えた近くのビル。1,200万円で1年近く誰も買わなかったあのビル。油田ビルを買った次の日に紹介された利回り18%で満室だった8,000万円のビル。スターパーク近くのあのビル。その隣にあった激安だったビル…。
買わなくて、買えなくて、思い出すだけでも悔しさと自分への怒りを覚える物件ばかりです。どれも僕のエリア内の部件で、話があった時には競合はおらず、僕に買える資力と度胸があれば、買って仕上げる能力があれば、僕の物になっていたのです。
あの物件を買っていたらと、眠れぬ夜に何度も思い出します。
でも、それは違うのです。過去があるから今がある。だから今は感謝をしています。ここを買えなかった無念が僕を強くして、今の場所まで連れてきてくれました。だから僕は買えなかった昔の物件たちにこう言います。

「 Thank U, Next ( ありがとう、僕は前に進むよ )
Now, I’m so amazing( 今の僕はすごいんだよ )
I’m so fuckin’ grateful for my ex( 昔の”物件”にはとても感謝しているよ )

 

広田さんも、この文章を、どんな思いで書いたのだろう。。もう完全にふっきったからこそ書けたのだろうか。それとも今でも複雑な思いで書いてるのだろうか・・。

ここで勇気をもらえるのは「共感」つまり私だけではない、という事。

広田さんならこう言ってくれるだろう

「一也さん、そんなの長く不動産投資やってりゃ、あるあるですよ、むしろ誰しもが必ずある、そういうもんだよ不動産投資って」

 

ありがとう広田さん、私も前に進みます・・・・。

 

以下はこの件を語った動画です。。この為だけに作ったチャンネルなので動画はコレのみ。

(ちなみに去年まであったメインチャンネルはもうありません)

有難うございました。。

石神井公園ショックについて反省と教訓 2025年6月22日 - YouTube