前回に続いて昭和歌謡「弁天小僧」の話です。
この歌詞が、今では歌謡曲にしては分かりやすいものではないことは前にも記しました。歌舞伎(青砥稿花紅彩画ーあおとぞうしはなのにしきえ)の筋を下敷きにしているので、その知識がなければ何のことかさっぱり、ということになってしまいます。
この芝居には「白波五人男」が登場しますが、こちらはどこかで聞いたことがあるのでは?
五人男とは、「日本駄右衛門」(にっぽんだえもん)をリーダーに、「南郷力丸」(なんごうりきまる)、「赤星十三郎」(あかぼしじゅうざぶろう)、「忠信利平」(ただのぶりへい)、「弁天小僧菊之助」(べんてんこぞうきくのすけ)という五人の盗賊です。
ページより転載。 左から日本駄衛門、弁天小僧、忠信利平、赤星十三郎、南郷力丸。
歌舞伎の「浜松屋の段」ではこの五人衆が全部登場し、最後は追手との立ち回りになるのですが、それぞれが戦う前に口上を述べて啖呵を切ります。例えば、リーダー格の日本駄衛門は・・
問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠州浜松在、十四のときから親に離れ、身の生業も白浪の、沖を越えたる夜働き、盗みはすれど非道はせず、人に情けを掛川の金谷をかけて宿々で、義賊と噂高札に、廻る配符のたらい越し、危ねぇその身の境涯も、最早四十に人間の、定めは僅か五十年、六十余州に隠れのねぇ、賊徒の首領 日本駄右衛門。
この啖呵にも「人に情けを掛川の・・」と、情けを「かける」と「掛川」という地名が文字通り掛詞(かけことば)として出てきます。
また、台詞に「盗みはすれど非道はせず」とありますが、どういうことかというと、彼はあくどい金持ちから盗んだ金品を貧しい人たちに分けたりするので人気があった実在の盗賊・日本左衛門(にっぽんざえもん=本名・浜島庄兵衛)がモデルになっているのです。
昭和歌謡「弁天小僧」に戻りますが、歌詞の四番に、「縞の羽織を南郷に 着せかけられて帰りしな」という部分があるのですが、私は「南郷に」という部分がどういうことか分かっていませんでした。
これは五人男の一人・南郷力丸のことなのですね。付き添っていた彼が、縞の羽織を弁天小僧に羽織らせた、ということです。
さらにこの続き「にっこり被る豆絞り」の「豆絞り」とは、小さな丸(豆)模様を染めた手拭いのこと。これを頭に被るというのは、当時の粋な女性の仕草なのです。こういった女装が似合う菊之助は、「女にしたい」ぐらいぐらい美しいということですが、これは男性が女役(おやま)を演じる歌舞伎役者がめざす「美」そのものではないでしょうか。
前回は石原詢子さんによるカバー歌唱の動画にリンクしましたが、今回は「本家」三浦洸一さんの歌唱動画にリンクしておきます。