四条大宮からは少し離れて、千本三条とか、そこを流れる西高瀬川の話になっています。
西高瀬川がいまどうなっているか、見に行ってきました。
千本三条の屈曲点(西行→南行)です。
たしかに水は(少しですが)ありました。 しかし、
下の写真は、2016年6月に撮ったものですが・・・。
三年の歳月が経ったにしては、あまりというか、ほとんど変わっていませんね。
西高瀬川に水を蘇らせ、親水性を高める事業が行われていると聞いていたのですが・・。
↓ 京都府ホームページより
図にある「三条坊城公園」のあたりでは去年 親水化工事が完成したようですが、千本三条付近はまだ手つかずのようです。
このあたりは西高瀬川の歴史という観点からは重要なポイントですが、歴史的景観の復元というのは現況をふまえるとなかなか大変と思います。ただもうちょっと何とかならないのかという感はあります。
ついでに改修された天神川合流点を見に行きました。
これが西高瀬川の水が天神川に落ちているところです。
つまり、嵐山から流れてきた西高瀬川はいったんここで終わるのです。
1935(昭和10)年の大水害のあと、このように改修されました。
反対側(左岸)を見ると・・・
何か複雑な構造になっていますね。
向かって左側(上流側)が、天神川以東の西高瀬川に水を送るための取水口です。
今回新設というか、整備されたものと思います。
向かって右側(下流側)に水が落ちている水路がありますね。
これも西高瀬川なのですが、天神側以東は上流側に向かって水が流れる(勾配がそうなっている)ので、その水を落としているのです。ややこしいですね。
そして、天神川から取水した水は、もう少し東で流路に出て東向きに流れるようになります。
ただし、暗渠になっている部分も多くて、流れは地表に出たり入ったり・・・。
都市の中を流れる川なので仕方ない部分もありますね。三条通は西大路まで路面を嵐電が走っているし・・。
つまり、西高瀬川は、材木を嵐山から千本三条まで送るという物流運河として開削されたのですが、今はその役割を終え、都市河川としていろいろな問題が出てきて、これからどうしていくのがいいのか、模索されているということだと思います。
私としては、この川がかつて果たした歴史的役割を学べるようなポイントに、それなりの施設を造れればいいのにと思います。
ポイントとしては千本三条が最適なのでしょうが、なかなか難しいかも?
しかし、高瀬川では現に「一之舟入り」などが復元されているので、できないことではないと思います。
↓ 復元された高瀬川一之舟入り(wikipedia より)