同年 11月 脊髄係留解除術 施行
そんな、こんなで、あっという間に保育園の申し込みが終わっていました
ダメ元で市の保健師さんに相談したところ「2次の募集には間に合うので、2月までに希望する園を書いて提出してください。」とのことで、
12月に家から通えて、なおかつ、障害児枠を持っている保育園を片っ端から見学しました。
その中でも、障害児枠が有りとなっているにもかかわらず、
「うちは、障害児はちょっと…」と言ってくる園もあり、なかなか壁は高いのかぁ…
と、初めて思い知らされました。
すごく感じの良かった保育園があって、
「てんかん、発達の遅れ、大丈夫ですよ!うちは障害児だから無理と言うことはないです!ただ、市が決めることなので…申し込みしてみてどうかって感じですよね…」
そうです、市が決めるのです。保育園が決めるわけではないのですよね。
しかも2次募集枠(T_T)
ただでさえ狭き門。
まぁ、ダメ元で申し込みしてみましょって事で、一応、提出しました。
平行して、市の児童発達支援施設も見学して回りました。
A園は、人気があって、待機児童がおり、早くても再来年(息子が3歳になる年)まで空きは無さそうだと。こちらも仮の申し込みをする。
B園は、その時、まだ1歳だった息子。やっとズリばいが出来る様になったばかりで、ほぼ、ねっ転がっていました。バタバタと部屋の中を走る回るお子さんの中に、ねっ転がっている息子。あ!危ない!踏まれる❗️あー、踏んづけられた
ちょっと、まだこの園は早いみたい…退散しました。
C園、重度のお子さんを預かる施設でしたが、まだほとんど移動が出来なかった息子には、ゆっくりした時間の中で、理学療法士さんのリハビリを受けられたり、てんかんが出たときは、看護師さんが対応してくれたりと、まさに、息子のための施設じゃないか!と思ったのです。
が、受給者証を作るにあたりお世話になっている事業所の方に、「息子くん、愛の手帳を持っておくと役に立つかもよ!」との勧めで、しかも、キャンセルが出て児童相談所での判定もすぐにしていただけたので、4級という1番低い等級を早々にいただいておりました。
C園は、愛の手帳1〜2級じゃないと入れなかったのです
すごく親身に聞いて下さり、アドバイスくださった管理者兼、看護師の方には深く感謝いたしますm(_ _)m
その方は、今の息子なら大島分類1〜4に該当するので、医師にその様に意見書を書いて頂ければ大丈夫ですよ!いつでも受け入れます。とおっしゃっていただいてました。
ざ、残念
ですが、この看護師さんの助言していただいた事により、息子のてんかん発作が劇的に良くなる事になります。(2017年10月26日現在。)その事は、また違う日に書きます!
結局、保育園も落ちて、
療育してくれる園もうちの市には無くて、
私&息子、路頭に迷いました。どうすりゃいいのよ❗️
市の保健師さん、こんな事言ってました。
「まだ小さいですし、発達の遅れもあるのですから、3歳くらいまでは親元で見られるか、療育した方がいいとおもいますよ。」
3歳まで、私と2人きり?
療育?どこでやってるくれるの?
いい加減な、口先だけのこと言いやがって‼️結局、紹介もしてくれなかったじゃん。「近隣の市への申し込みは問題ないです。ただ、他の市の情報は入って来てないので、ご自分でお探しください。」だってさ。
最近、相談に行った隣の市の保健師さんは
「ママが働くことは賛成ですよ!(障害児持ちであっても)そういう社会じゃなきゃおかしい!」
と、言っておきながら、
「まぁ、東京都は母子分離をあまりしてないんですよねー。埼玉に引っ越しする人もいますし。」
と、トーンダウン
結局、自分で探せって事らしいよ。
もう〜、毎回思う事だけど、行かなきゃ良かった。
息子、「捨てる神あれば拾う神あり」で、療育病院で知り合ったママに今の療育施設を紹介していただき、今通ってます!
まぁ、でも、6月まで入退院を繰り返してたので、行き始めたのは7月からなんですけど
ずっとベッドの上、もしくは家の中で生活していた息子。初めての公園、お砂場デビュー、夏はプールデビューまで果たしました
今の私と、息子があるのは、助言していただいた看護師さん、共に療育に励むママさん、療育施設の管理責任者さん、保育士さんや、理学療法士さん。本当に親身になって話を聞いてくれます。ありがたいです。
もっともっと、障害児の母子分離施設が増えて、働く事も選択肢の中に普通に入ってくる世の中になってくれたらいいのになぁと思います。