※本ブログの以下の文章は、2026/01/30 に手を加えました。当時はブログの書き方も分からず、参考にさせていただいたオンライン上の資料をコピペで転記するだけでした。改めて refocus いたします。
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当時(下記表記の通り)17年前といえば、インターネットによって、ようやく事実が分かり始めた時期でもありました。
それを事実とするか、もうひとつの別の見解とするかは受け取った人の判断でしょう。しかし、今日においてはオールドメディアと揶揄される媒体によって、一方通行の情報を受け取らざるを得なかった時代、ブラウン管に移った画面そのものがオピニオンリーダーと奉らなければならなかった時代を受容していたわれわれにとっては知的な福音であったと感じています。
下記を最試聴した時、この動画に記されていた投稿日は17年も前でした。
アジアから見た大東亜戦争 2005年12月7日 日本政策研究センター
オランダによる三百数十年間の植民地支配から解放されたインドネシア人の日本への敬愛の念もインドに劣らぬものがある。「独立できた要素の第一は、日本軍が植民地政治体制を粉砕したことです。植民地体制の粉砕なくして独立はありえません。
第二は日本軍の猛烈な軍事訓練です。オランダ軍はやってくれませんでしたし、我々自身がやろうと思ってもできるものではありません。日本軍時代の三年半でインドネシア人はすっかり変ったが、こんなに変ったことをイギリス軍やオランダ軍はわかっていませんでした」(アブドル・ハリス・ナスチオン元国防相) 「大東亜戦争が起きるまでアジアは長い植民地体制下に苦悶していました。
そのためアジアは衰えるばかりでした。アジアは愚かになるばかりでした。だからアジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。日本軍は有言実行でした。その第一は植民地政治の粉砕です。第二は祖国防衛義勇軍を組織したことです。第三はインドネシア語の普及です。第四はイスラムの団結をはかったことです。第五はスカルノやハッタをはじめとした行政官の猛訓練です。第六は稲作及び工業技術の向上です」(モハメッド・ナチール元首相)
祖国防衛義勇軍として独立戦争に活躍したサンパス陸軍少将はいう。 「日本軍がやった基本的なことは、すなわち最も大きな貢献は、我々に独立心をかきたててくれたことだ。そして厳しい訓練を我々に課してくれたことだ。日本人はインドネシア人と同じ様に苦労し、同じ様に汗を流し、同じ様に笑いながら、我々に対して独立とは何かどういう苦労をして勝ちとるものかを教えてくれた。これはいかに感謝しても感謝しすぎることはない。これは祖国防衛義勇軍の訓練を受けた人が残らず感じていることだ」
同じく義勇軍出身のブルキフ・ルビス陸軍大佐はいう。 「大東亜戦争が契機となってアジアからアフリカまで独立しました。日本にだけ犠牲を払わせてすまないと思います。大東亜戦争中の日本軍政の特徴は、魂を持ってきてくれたことです」 いずれも大東亜戦争の甚大なる意義を語って余りある。有色人種への人種偏見を一掃し植民地支配を打破する為には、日本が軍事的に立上るしかなかった。日本以外にそれができる民族がないからである。それゆえ大東亜戦争は「アジア人の戦争を日本が代表して敢行したもの」であった。
人種偏見をもたぬ日本人が「インドネシア人と同じ様に苦労し、同じ様に汗を流し、同じ様に笑いながら」接したことが、オランダ人に奴隷扱いされたことに比していかに大きな喜びであったことであろう。日本人はインドネシアに魂を持ちこみ「独立心をかきたて」たのである。そしてオランダに対する独立戦争において約二千人の日本軍人が踏み留まり共に戦い約半数が戦死した。この日本と日本人の貢献はインドネシアの歴史と国民の魂に永久に刻印されるものである。
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