◆小説◆「Elephant Signs(エレファント・サインズ)」第二十五話
「で・・・さ。色々大変だったけど、女の子が生まれたんだ。」
ケルマーンはそっと、前田の顔を窺うようにして、自らの顔をあげた。
前田は微笑んでみせる。
「俺もまだ学生だけど、学校辞めてでも働こうって決めてたよ。結婚したかったんだ。」
「しなかったの?」
ケルマーンは興味深そうに尋ねてくる。
「したよ・・・・。籍は入れた。けどさ、式はあげられなかったんだ。」
前田の瞳は、遠くを眺めていた。まるで、22年前をながめているかのように。
「同じさ。君の親父と・・・。」
前田の声は、もう既に涙声であった。
「殺されちまった・・・妻は、何者かに。
犯人もまだわかっちゃいねぇ。変な殺され方だったよ。
秘密プロジェクトの研究にいかなきゃってことである夜彼女は出かけたんだ。
そしたらさ、警察に見つかった時には・・・もう・・・・
ある岩場で、冷たくなってたそうなんだ。
それを聞いて俺は、駆け付けたよ、その現場に。それがなぜか、日本じゃなくって・・・ここイランだったんだ。
なぜ彼女がこんなところにいたのかは、未だにわからない。
でも、それが事実だったんだ。」
「娘さんは?」
ケルマーンは前田の話に入り込んでいるようであった。
もの凄く真剣なまなざしで、彼の話を聞いている。
「娘はね・・・いや、娘も・・・。日本において来て、帰国したときにさ・・・」
そこまでいうと、前田は声を詰まらせた。
「いいよ、無理してしゃべらなくて。」
ケルマーンの心遣いに、前田は微笑んでみせる。
「ちょっと待ってな。一服したら、話すから。
もう自分の中にためておくのは、嫌なんだ。」
前田は葉巻を取り出すと、ふぅーっと深く吸い始めた。霧のように白い、煙を立てながら・・・。