これは、くだらない話なので
どこかで話す際には掘り返してほしくないのですが
最近、歌が上手いとはなんだろう…とずっと考えておりました。
先日知人が「歌い方によってこんなに違うのだ」と実践で教えてくれた違い(おそらく声と息の配分による差)も、「ロングトーンを駆使すればよく聞こえる」ということも
確かに、上手い証拠だと感じました。
でも、歌が上手いとはなんだ、そもそも歌とはなんだろうか?
声で伝えるのが上手い、という意味なのでしょうか。
だとするならば、
夜の女王のアリアが耳と心を劈くのも
路上ライブをしている人が世界に向かって叫ぶ歌も
言葉をまともに喋れない幼児が上げる声も
誰かが膝を抱えてすすり泣くか細い声も
どれも人の心へ響くのには変わりがないはずなのに
それらのどこかに、優劣をつけなきゃいけないのでしょうか
歌とはなんだろうか
表現の1つと言うなら、声を使ってできる他の行為とどう違うのだろうか
それに甲乙はつけられるんだろうか
甲乙をつけたらどうなるんだろうか。
そんなことを考えておりました。
投げた言葉を自分の心に浴びせるのが癖なのですが
甲乙はつけてしまったら、行き着くところは
自分の気持ちよさ(最低限、死なないこと生きること)に回帰してしまいます。
他になにか答えがあるなら聞いてみたい。
過程の話の多種多様さやそれに対する賛否両論に少し疲れてしまいました。
多数派も少数派も、そもそもその割合を決める理論そのものも
どうしてどこかで正しさを求めなきゃいけないんでしょうか?
正しかったら多数派ですか?多数派だから評価されますか?それは平均から組み込まれた、カラオケの採点と詳細な分析ですか?
その人の心を大切にしようだなんて、どの口が仰るのですか。
なにが正しいのですか、なにが温かいのですか
なにが「歌が上手い」なのですか
私たちは、声を発している他になにもないのではありませんか
耳触りがいいものを選別して、それを高得点とする「上手い」は
本当に、私たちの咆哮なのですか?
最近夜が冷えて参りました。
どうぞ風邪等召されよう、暖かくお過ごしくださいね。
ご自愛ください。