『人の髪型を笑うな~前編~』
酷く寝つきの悪い夜であった。
男はベッドからゆっくりと身を起こし、時計の針を見つめた。
煮詰めて言うならば、
男が見つめていたのは長針ではなく短針の指している先であり、
男にとって長針の指すそれは、大して重要な意味を持たないのであった。
差し詰め、寝つきの悪い`夜'という表現にも些か誤幣があるのだろう。
男が床についたのは14時過ぎ、即ち午後の2時過ぎ頃であり、
男が日頃からやたら考えていた事に思考を巡らすのをを止め、寝息をたて始めたのは実に午後4時前の事であった。
そして
短針の先のそれは、
9の少し上に、右肩下がりに真っ直ぐ伸びているのだった。
気がつくと、
薄暗く狭苦しい所に男は居た。
男の家から歩いてさほどかからない場所に、その本屋はあった。
厳密に言えば、本屋というよりは書店といった感じが似つかわしくあり、また、男が幾度となくこの場所に足を運ぶ理由といったものもそこにあった。
店内には2、3人の客がいるだけで、それがいつもと変わらない風だった。
奥の棚には、「商売繁盛」と書かれた大判を持つ招き猫が一匹、ポツンと飾られている。
その大判に書かれた言葉とこの店の変わらぬ雰囲気との落差を、男はいつも滑稽に思うのだった。
レジには店の主人であると思われる初老の男性が椅子に腰掛け、ボーっとしては時折、急に思い出したように店の小さなテレビに目をやっている。
男は店内をぐるりと徘徊した後、雑誌コーナーで足を止めた。特に読むと決めていた雑誌などはなく、手当たり次第に取っては、パラパラとめくっているのだった。
程なくしてざわめき声と共に店の扉が開いた…