最近、自分が住んでいた実家にもどり
どれほどこの場所が心地よかったか
溢れるほどの自然を
贅沢に満喫中
庭の木を手入れして
病気みたいになってたから治療して
葉や土にばっか触れてた
自然に触れるって
自然を整えるだけでなく
触れる人も、癒されて
どちらも交信しているような気分になる
このブログを書いていても
窓から窓へと流れてくる
心地よく触れる風
木々たちが風に揺られている音
うぐいすやすずめたち鳥の声
どんどんと感覚が研ぎ澄まされるような
幸せな気持ち
五感を感じるって
とっても気持ちいいね
自分を生きていくことに
五感とても必要な気がする
テレパシーみたいだよね


ここ最近の自然も
空気、風、木々、空を見ても
シフトチェンジされたような
アセンションされたような
変わった、
どんどんと変化していってる感覚を感じる
この大きい改革の流れがある中
今ってとても大切なはじまり
土台のようなタイミング
どう進んで生きたいか
何をしていきたいか
だからこそ、
何を辞めたいか
何を変えたいか
今までのあたりまえに過ごしてきた慣れから
変えていくタイミング
慣れって不思議なもので
なんとなくが、いつのまにか定着してくる
今って、軽いから
とても変えやすいタイミングなのかもしれない
私の場合
幼い頃から深く不快だったのが
実家がにいるのが
本当に嫌で、嫌でしょうがなかった
でも本当のところ
1番嫌だったのは・・・
父や祖父から自分のしていることを干渉され
おかしい、しっかりしろと
口出しされることだった
基本、人の意見を聞かず
私中心な、我がままな性質だから
人から反対意見を言われるのが
自分が間違っていると言われてるような感覚で
幼い頃から
すぐ怒って言い返してた
これ
今思うと、前一緒に暮らしていたときは
”私が中心、私の世界” の感覚がなかったから
父を私の中心に置いていて
父の意見が正しいと思ってたから
私のやること、なすこと全て
否定されてる、だめなやつと
言われてるようで
とても悲しい気分だった
父への感謝がいつのまにか
私よりも父を上にしていたよね
今思うのは
一人暮らしをしていても、実家にいても
場所は関係ない
どんな場所でも、
どれだけ私の世界に感覚に
中心でいられるか
もちろん環境が変わったら
とても心地いいし
それを私も望んでいるけれど
思い込みがあるままだと
どんな環境に場所を変えても
とても苦しいと思う
だって自分だけの世界に
いろんな人の意見や感覚を
無意識に全部取り入れてるってことだもんね
私とほか存在たちとに
しっかりと線を引く
個々の魂の軸がしっかり立った上で
人との関わり、クリエーションだったら
とてもそれは心地いいものになるよね
それに実際今、
私はすぐ独り暮らしができる状況ではない
今ここで、私の天国を創る
私自身が
その父の言葉を受け入れるか
受け入れないか
ただ
父に見せられていた
自分への批判や否定の意見を
自分が自分に対して
選択するか、選択しないか
思うか思わないか
ただそれだけだよね
だって一人暮らしてても、
いつまでも自分に対して
否定してたりしてたら
いつまでもその思いがよぎるはず
感じるはず
だからこそ
自分への否定、批判を手放して
私という存在、湧き出す感覚を
心から信じて、愛することができたとき
1人暮らしという望みは
逃げの選択ではなく
心からのびのびと
1人で生活していきたいという
希望に満ちた望みになる
現実に見せられたものを
全部私の中に入れるんじゃなくて
これは気分いいから、取り入れる
これは気分悪いから、必要ない
ただ気分悪いものを目にしても
私はぶれないで
私の感覚を信じて
どれだけ私の世界に集中できるか
ただその練習をしている日々
今まであまりにも、
私じゃない誰かがすごいと思って
自分の感覚なんか無視しすぎて
私ではない世界を行きすぎてたから
まだないかな?
まだないかな?って
日々の生活を見直している
これからは
宇宙の法則は
宇宙外存在が私たちにメッセージを送って
どんどん広がっているから
どれだけ知って終わりでなく
私の人生に適用できるか
私に集中できるか
その日々を
ブログに書いていこうかな?
今はそんな気分