想がマンションに戻ると、エレベーターが7階で止まる音を聞いて麗子の部屋からクミが出てくる。それが、最近では当たり前になった。クミにとっては麗子の部屋の居心地が良いようだ。麗子も気にいったクミのために有名なパテシェのケーキやお菓子を毎日のように買って来ては、クミを誘って話相手にしているらしい。想も二人でどんな話をしたのかを楽しそうに教えてくれるクミが好きだった。
想は部屋に入ってクミを座らせると、今日会った蓮沼先生の話をした。
「今度、病院へ行って診てもらおう。オレも一緒に行くから安心しろ。先生はやさしい女の人で信用できる。きっとクミにとって損はない。必ず良い結果が待っているはずだから」
クミはしばらく考えていたが「うん」と一言だけ言って笑った。
その日、抱き合うようにしなければ入れない小さなユニットバスに一緒に入った。クミは想の背中を流すのがうまくなった。そして、その日二人は初めてセックスをした。いつものように裸で抱き合って眠るつもりでいたが、クミが想の下腹部をグッと握り締めたことがきっかけだった。いつもなら笑い飛ばしてしまうところだったが、クミの目には潤いが感じられた。そんなクミを見て欲情したと言うよりも愛おしさがこみ上げてきた。想はクミの小さな胸の突起を思わず口に含んだ。それからはごく自然に二人はひとつになった。想の胸の下でクミは乱れた息の合間合間に「大好き・・・」と何度も繰り返した。
クミが寝た後、天井をボーっと見ながら想は考えていた。
(みなみとは別れよう・・その方がいい。オレはこの少しトロイが小さくて愛しげなこいつを守ってやりたい。いつまでもクミのことを妹だと言って騙し続けることもできない。ただ・・みなみの落胆と悲しみは想像できる。オレは今まで女を振ったことはない。でも、今回は仕方ない。お互いのためだ。傷つきあうのも恋愛だ・・・・)
想は頭から尻尾の先まで20メートルはありそうな大蛇と戦っている。真っ黒な空に稲光が絶えず大きな音を発している。大蛇ははるか頭上から想を見下ろしている。真っ赤な目と舌で想を威嚇する。想の手には粗末な剣一本だけだ。ただ、妖精のように宙に浮いたクミが「殺しちゃだめ」と叫んでいるのが、場面に相応しくない違和感をかもし出している。ふいに大蛇が鎌首を想に向けて突っ込んできた。それを寸前でかわした想は思い切り大蛇の腹の下に入り、剣でその腹を切り裂いた。それを見たクミが気絶して地面に落ちた。切り裂いた大蛇の腹から、小さな赤ん坊が血まみれになって這い出してきて大きな声で泣き出した。
「大丈夫?ねぇ・・大丈夫?」
クミが汗を額にあふれさせ、うなされる想を揺り動かした。想がカッと目を見開いたのでクミはびっくりしてベッドから転げ落ちたが、すばやく起き上がるとコップに入れた水とタオルを用意してきて、再びベッドの上に飛び乗った。
「ひどい夢だ・・・」
胸の動悸が治まらず、呼吸が整わない。全身が汗でぐっしょりと濡れている。
「お水・・・」
クミの手からコップを受け取り、一口だけ水を飲んだ。クミはタオルで顔の汗を拭いている。
「お前も見たのか?今の夢・・」
「最後のところだけ少し・・」
「そうか・・嫌な夢だった」
「うん・・・」
想はクミを抱きしめた。
しばらく、二人は眠れなかった。今の夢はいったい何を暗示しているのだろう?あまりにも生々しく夢とは思えないほどの現実感があった。
(ちょうどいい・・。この夢のことを、今度あの先生に話してみよう)
結局、寝ると夢の続きを見てしまいそうな気がして、その日は朝まで起きていた。クミもずっとしがみついたままで寝ようとしなかった。
朝、大学へ出かけようと準備をしているときに北海道にいるみなみから電話がかかってきた。親戚の葬儀も終わったので予定を早めて水曜に戻ってくると言う。夕方に到着する便だと言うので、想は病院に行った後でも充分に間に合うと思い、羽田まで迎えに行くと約束した。