この山岳事故はやはり少し世の中へ変わった波及を及ぼした。

ニュースでは特に何かという訳もなく一行記事もしくは3行記事で報じられたのだが、

山岳界にも中島梓の遭難は少なからず衝撃を与え、何人かの者は、山の恐ろしさを再確認し、また何人かは梓への批判と反省を促す発言をする者いたが、このニュースだけではいつもの事故の分類の範疇であり、普段なら静かに収束を迎えるものであるが、夫婦ではない二人の男女の遭難という状況に目を付けた男がいたのである。彼の名は宮田銀二、ゴシップ誌の記者である。

 

彼は山であろうがなんであろうが、男女が同衾すれば、何か、そう必ず何かが起こると信じていた。

実際、政治家であろうが、著名な人物であろうが、所詮は男と女である、この状況を生臭いとではなく、香ばしいと感じ、飯のタネにしようと考えたのだ。

 

雑居ビルの一室にある雑誌編集部屋はタバコの煙が漂い、殆どの人が忙しそうに電話をかけアポをとったり、記事を書いていたりした。

チーフディレクターの魚住隆に新聞記事を見せながら彼は言うのである。

チーフ、これ匂いませんか?

魚住は一瞥し、どうかな?中島梓は有名だが、彼女は離婚もしているし、特に何も問題は感じないが・・・

いやいや、これ、助けに行った男が亡くなってるんです・・・何か妙ですよ

例えば、チーフは好きでもない女性を命をかけて助けますか?

魚住は指で額を何度か摩りながら銀二に返事をする。

時と場合によるが・・・まあ大概はしないね・・・

するとは宮田は、ですよね、それが一般論です、という事は彼には何か彼女を助ける理由があったわけです!

魚住はもう一度指を額にあて、宮田の理論が破綻している訳ではないが、同時に彼に記者としての深みが無い事に少し辟易していた。

ゴシップ誌の記者とも言えど、情報を発信する責任がある。銀二にはまだそれが欠けていた。

魚住は、一般論では通じない、まさに事実は小説より奇なりという事を事件取材から嫌というほど学んでいたが、銀二はまだ若いせいもあるが、彼の書く記事が一般論の枠を出ない事に不満も感じていた。

魚住は、少し閃いた、大概は関係者からのリークや噂話で記事が出来てしまうものだが、銀二に本当の意味での取材調査させるいい機会かもしれない。

山の極限状態というある種密室状態で起きた事故の調査・・・意外と彼を成長させるのには良いかもと考えた。

魚住は山を若いときにやっていた。

知人も亡くなったりしていたため、この事件は決して軽くはないものであることも理解していた。

山は決して理想郷ではない、人々は色々な思惑があり山に行くのだ・・・

この若者をあの山人達に会わせて良いものか、少し迷いつつ

魚住は、取材は山へ行かねばならないぞ、覚悟はあるか?

急に真摯な目つきになった上司に少し困惑しながら

山から降りてきた人たちに取材しようと思ったのですが・・・ダメですか?

魚住は、やっぱりかと、頭を抱えながら

それで俺を納得させる記事が書けるならそれでもいいが・・・多分俺は納得しないぞ

銀二は魚住の言ってることがあまり理解できていなかった。

はあ・・・と答えつつ、いつものプロットでいいじゃないかと高を括っていた。

銀二もこの時は、自分の記者人生の最大の転機になろうとは思いもよらなかったのである。