平野は自分の体力の限界を感じ始めていたが、少し休めばまた動けるようになると思って居た。
しかし、平野の願いは大荒れの天候と大陸からの寒気により完全に阻まれていた。
平野は今まで行動途中で野営する経験など無かったからだった。
夏や秋は、時折気に入った場所で野営する事はあったが、そこは空気も水も気温もすべて想定内であった。
彼女の装備は谷底まで落下し、到底回収は不可能であった。平野は残ったコンロの燃料を重さで探り、持って2時間程だと悟った
30分ごとに10分ほど、お湯を沸かし、テント内の暖を取るために使った。
そのときばかりはテント内は暖かくなるが、薄いポリエステルのテント幕内は、あっという間に冷えて行く。
空気も換気しなければならず、幸せな時は一時で終わってしまうのだ。
冷えた懐炉代わりの保温ポットの水をお湯に替え、寒さの堪える場所に忍ばせる
いつもは保温機能の薄れたポットに文句を言っていたが、今は微妙に温まるポットの表面に感謝をしていた。
平野は凍えぬようにそれを12時間ほど続けているが、流石に時折うつらうつらとしてしまう事に溜まった疲れがそろそろ襲い来るのではと危惧していた。
寒さと眠気で本当に死ぬのだろうか?
平野は散々人から聞かされてきた事を少し感じはじめていた。
うっかり眠ってしまった時に見るのは、良い夢ではなかった、どちらかと言えば悪夢だったが、これは悪い兆候ではないという話も聞いた事があった。
つまり、逆に良い夢を見始めると危ないということか?
・・・
いや、有名な「八甲田山」で狂った人が見た夢は、決してよい夢ではなかったであろう事は想像に堅い。
加藤文太郎は花子さんに会えたようだが・・・俺は喪男だ・・・
なるほど、もしかしたら兵隊さんも、俺も共通点は童貞で、愛する人もいないということか・・・
何が孤高の人だ加藤文太郎!!小説中でもストイックな性格に女性が思いを寄せてきていたではないか・・・
・・・
いかんいかん!!この状況でこの考えはいかん!状況は一旦忘れて、帰る事を考えよう。
ここから一番近い街は・・・そう考えるとどこの街も遠い場所にいるのだと気が付いてしまった
登ってきた松島には店らしきものは皆無で伊那まで行かねば駅蕎麦すらない、身延は山を二つ超えなければならず、静岡などは2日かかるのである。
寒い時に考える事は本当にろくな事は考えないものである。
だから人は大らかになるためには暖かい場所が必要なのである。
そんな事を平野はぐるぐると繰り返し考え始めてしまった、これは間違いなく良くない傾向である。