同居していた義父 "ヨッちゃん" が施設に入って539日が過ぎました。

 

1年と174日。

 

先月末に、夫 "てさん" と面会に行ってきました。

 

先月はヨッちゃんの誕生月だったので、

施設の廊下の壁にある「お誕生日祝い」のコーナーに

ほかの利用者さんと連名で、名前がありました🎂

 

ヨッちゃんに「祝ってもらった?」 と聞いたら、

( ゚д゚)ポカーン  でしたけど🤣

 

でも、自分が何歳になったかは、言えました👍

「ハチ~ジュウ~ロク」

職員さんたちが、何度も声をかけてくださったんだと思います😌

 

前回の面会では、口が重く、ほとんど会話が成立しないまま、時間になってしまったのですが、今回は、こちらの質問をスルーして、急にスイッチが入ったみたいに話し始めました。

延々と😅

 

私「Kさんって覚えてる?」

ヨ「うん?」

て「ほら、〇〇の」

ヨ「うん」

私「もう91になったんだけどね、こないだ家に入った泥棒を取り押さえて、ニュースになったらしいよ」

ヨ「ほう」

て「常習だったみたいで、Kさん、説教して『二度とここへは来ない』って約束させたって言ってたよ」

私「すごい91歳だよね」

ヨ「そうかあ、Sさんはもう亡くなったんだよな」

私&て「???」

 

Sさんというのは、昨年亡くなったヨッちゃんの一歳年上のお兄さんです。

 

ヨ「〇〇(Sさんが暮らしていた地名)に一度行かなきゃなんねえんだけどな…」

 

 

 

ここから面会時間が終わるまで、ヨッちゃんの兄弟話が続きました😮

泥棒を取り押さえたスーパーお爺ちゃんKの話は自然消滅 Ω\ζ°)チーン

 

ヨッちゃんは、その呼称から容易に想像つくと思いますが、四男なんですけどね😄、どうやって次男を大手A社に入れることができたか、という話が始まりました。

 

この話、ヨッちゃんが認知症になる前、もっと若いころから聞かされてたんですが、今回やっと全貌がわかりました🤣

いつも酔っぱらって話すから、眉唾だったし🤣🤣

 

まず、戦後しばらくして、長男は菓子職人として働いていたのですが、次男はいい仕事に就けていなかったようでした。

 

それで、次男を地元の大手会社Aの工場に入職させることが、当時のヨッちゃん家族のミッションとなったそうなのですが、そこで白羽の矢が立ったのが、我らがヨッちゃんでした。

 

まず、地元で人気者だったヨッちゃんの父Sが、有力者として名高い女将さん率いる「K屋」という衣料品の会社に取り入って、ヨッちゃんを入職させます。

 

要領のいいヨッちゃんは、すぐ気に入られました。

そして、当時、衣料品を大きい会社に持ち込んで、ワイシャツなど買うひまのない社員たちに昼休みなどに販売していたそうなのですが、お目当てのA社にも、ヨッちゃんは 間もなく 顔パスで出入りできるようになったのだそうです。

 

あるとき、その大手A社のお偉いさんが数名、ヨッちゃんの就職先のK屋に来たそうで、折りよく人材募集の話になったんだとか😆

そのときに、ヨッちゃん すかさず「私の兄が…」と話して、すんなり次男の入職が決まったそうです!

 

あっという間に ミッションクリア🙌

 

その後まもなく、今度は、昨年亡くなった三男が、当時、大手鉄鋼会社に勤めていたのですが、その三男の口利きで、ヨッちゃんはそこに入職したそうです。

火災やガス漏れなどの非常事態が起きた際に出動する消防部隊のような職務で、夜勤があって大変だったようですが、中堅になり、最後は、その会社の労働組合の幹部にまでなったということです。

 

今まで個別に聞いていた話でしたが、やっと繋がりが理解できました😌

ヨッちゃんの話しぶりから、ヨッちゃんが兄弟全員の就職を世話してやった…みたいに思ってましたけど、違いました(笑)

 

当時は、ハローワークとか、まだなかったでしょうし、みんな縁故で会社に入っていた時代だったんですね。

 

ヨッちゃん、まだまだ話したそうでしたが、お昼ご飯の時間になり、面会は終了。

笑顔で手を振っていました。

 

髪の毛と眉毛がボーボーだった以外は、すこぶる元気なヨッちゃんでした。