ご訪問ありがとうございます![]()
台風が来ます。
食料は買い込んだので、今日明日は家で大人しく過ごすのみ。
(マキちゃんが美容室の予約を入れてるらしい。
どーするんでしょ![]()
)
エアコンの効いた部屋なのに、マキちゃん、すごい格好で勉強してます…
前髪をヘアバンドで止めて
額に冷えピタを貼って
首に保冷剤を巻き
上半身はユニクロのブラトップ1枚
下半身は短パン、素足
椅子の上であぐらをかいて
フクロウのぬいぐるみを抱き
小鼻を矯正する鼻クリップをしています
自習室へは絶対に行けませんね![]()
さきほど読んだブログ記事に影響されて、これまでに出会った個性的な母親たちを思い出してました。
かきつばたあやめ、もうすぐ50歳。
わたしは地元へのUターン引越しと同時に専業主婦になりました。
それまでは東京の大企業に勤めていましたから、人づきあいは限られていました。
同僚もクライアントも学があり良識的で、なんなら上品でした。
地方の田舎の公立中学を出ているくせに、すーっかり忘れていたのです。
世の中には種々雑多な経歴や思考回路を持つ人々がいることを。
ランちゃんを連れて田舎の幼稚園に入ると、そこには「母親」というだけで一緒に過ごすことになった女性たちがいました。
ただ、古臭い価値観も、安っぽい見栄の張り合いも、たまに気づいて驚くくらいで、深刻な問題ではありませんでした。
たいていは礼儀正しくママ友関係を築ける人ばかりだったので。
ところが、いたんです、強烈なのが。
運悪くランちゃんの同期でした。
それはもう、ドラマのようにわかりやすく、
性格が悪かった
東京から来たというよそ者一家の彼女が、なぜ田舎の母親を仕切れると思ったのかは謎でしたが、幼稚園に入るなり小中学生のようにママ友グループを作ってターゲットをいじめ、存在感を示そうとしました。
子どもも一緒になってターゲットの子どもをいじめたので、転園していった子が何人かいました。
あまりにも攻撃的だから、気弱な母親たちは従うしかなかったと思います。
わたしも手探りでママ友を探していたころです。
思いっきり巻き込まれました。
…自業自得だったかもしれません![]()
どう考えてもやり方間違ってますよね?
そもそも子どもに示しがつかないでしょ?
イヤです、悪口ばかりの会なんて入りたくない
という態度を見せたら、
ターゲットになりました。
生まれてはじめて「死ね」というメールが来て、膝の力が抜けました。
なんでしょう、ただただ恐怖ですね、アレ。
ランちゃんは母親に突き飛ばされて、
「こっち見ないでくれる?
アンタが喋りかけていい相手じゃないのよ!」
と、わけのわからないお叱りを受けました。
当時、本当に、意味がわかりませんでした。
それでもわたしは「ランちゃんママ」。
娘の手本にならなければと頑張りまして、毎日平気なフリして登園しました。
幸い正義感の強いママ友とその子どもたちが、ランちゃんとわたしを援護してくれました。
わたしたちはあの手この手で嫌がらせを受けたので、園のトイレで吐いた子もいますし、生理が止まった子もいます。
悪いことをしました
この時の戦友は今も大切なママ友です。
当時は「かきつばた組」に認定されるといじめられるというので、あからさまに無視してくる母親もたくさんいました。
中には、卒園してから自分たちも被害者だったように話しかけてきた人もいたけど、それ以上おつきあいしたいとは思いませんでした。
(なぜわたしが組長みたいに言われたかというと、当時保護者会の会長だったからです)
数年経って、あれは彼女のコンプレックスの裏返しだったらしいと聞きました。
高卒、10代出産、駆け落ち同然で片田舎に来ざるをえなかった都会の女の子が、周囲になめられないように精一杯虚勢をはったようです。
やり方完全に間違ってましたけどね
子どもたちが小学生中学年くらいまでは、彼女(とその子ども)があちこちで「やらかしてる」うわさを聞きましたが、今ではまったくわかりません。
生きてるのか死んでるのか。
お互いさまですけどね。
お母さんになって20年が経ちますが、あそこまで強烈な人は他にいません。
あそこまでいろんな人間のいろんな顔を見せてくれた出来事も、なかったかもしれません。
おかしなことにこの経験で1番役に立ったのは、
「バカな奴には睨み返せばいい。
それでも気づかない奴は一発殴れ」
という元ヤンのママ友の教えでした。
その子本当にうまくて、
失礼なことを言われたら、
は?
と怖ーい顔で凄んで相手を黙らせて終わり。
その相手とも後腐れなく仲良くしてました。
尊敬しました。
田舎生活、嫌な目にも遭いますが、学びもあります![]()