母がわたしたち兄妹の話をすると、多くの事柄は母がそうさせたことになります。

「それであの大学にしたのよ」
「だからやらせたのよ」
「それで辞めさせたわ」
 
もちろん成功したり周りの評価が高かった時だけです。



昨日は、
「子どもが受験中だから、(町内会の旅行に)あやめを出さないと言ったのよ。
区長さんからそれは立派な心がけだと褒められたわ」
とお弟子さんに話していました。


わたしはこの言い方が嫌いです。
得意げな母の顔も嫌いです。
周囲に従順ないい子ちゃんだと思われるのも大嫌いです。

(旅行に行かないと決めたのはわたしだムキー)



まあ実際、幼いころは母の思い通りに生きていましたけど。


わたしたち兄妹は、やることなすこと、「自分はどうしたいか」なんて考えるより先に、母から指示されました。

佐藤ママさんが子どもに進路を押し付けたことはないと言ってましたけど、本当かなぁ?
直接命令することだけが「押し付け」ではないのだけど。

わたしはせいぜい、親の言う通りにすれば損はしないと自分を納得させて、意志を持つことをあきらめました。
自分の意志があると衝突を生むだけですからね。

兄と母のように。

せめて頑張って母の期待に応えたことを褒めてくれてもいいと思いますけど…
そんな記憶はありません。
他の人が褒めてくれても、すぐに母が割り込んできて、
"親のわたしを褒めて※"
アピールしてました。

※PRESIDENT ONLINE 上野千鶴子氏の記事より


母に反抗しなかった理由はあります。

一族が隣近所に住んでいるような田舎の集落に、他県から嫁いできた母は苦労人です。

高圧的で自己顕示欲の強い祖父
没落貴族出身で複雑な性格の祖母
短気で臆病で体の弱い父
口うるさい親戚たち

母の負担は大きいけれどちっとも報われない立場でした。
子どもへの要求が多かったのは、祖父母や親族への反発心だったと思います。

だからわたしは兄のように真向から反抗することはしませんでした。
小学生の頃には両親を「気の毒」だと感じていました。



弊害といえば、やり遂げたことへの安堵の気持ちはあっても、達成感も幸福感も得られないことでしょうか。
別にわたしがやりたかったわけではないので。
ただ損をしないようにとそれだけを考えて生きていた気がします。


あのころは親から経済的に独立する時が待ち遠しかった!

その後、精神的にも独立できたのは、東京での武者修行?と主人に出会ったおかげですニコニコ