近所のマクドナルドにて。
「お金がないのは、贅沢してきたからでしょう。税金で保護されるなんてズルい」
と話すお年寄りがいた。

わたしも数年前まで、勉強していい学校に入ること、いい仕事に就いていい給料をもらうことは、努力の賜なのだから、努力しないで楽な生活を手に入れようなんて甘い考えだ、と思っていた。

意識が変わったのは、旧友の経済的困窮を知ってから。
確かに彼女は、男運がなかったし、十分な収入を得るためのキャリアもスキルもなかった。
でも、頼もしくて気が利いて面倒見のいい、本当に素敵な人なのだ。
体がボロボロになるほど働かなければ、親子で生きられない状態に追いやられるなんて、何かが間違っていると、心の底から思った。
わたしは知っている。彼女はキリギリスなどではない。断じて。

もちろん子どもには、努力することの価値を信じさせている。
でも同時に、世の中のすべての人に優しくあってほしいと願っている。
弱いものの味方であってほしいと。
弱いものは、社会からその立場に追いやられただけで、ダメ人間なわけじゃない。

強い立場でないと世の中を変えられないが、今の世の中はたまたま、勉強がデキると強い立場になりやすい。
(封建時代でなくてよかった)
ピカピカの超エリートじゃなくたって、少しでも持てる者には責任がある。
勉強して上を目指すなら、努力した先に弱いものの役に立つという目標を持っていてほしいと思う。
わたしのように傲慢な考えで生きちゃダメ。
人間として大事な出会いを、台無しにしてしまうから。

母として、子どもを強い人にしたい。
自分に負けないくらい強く。
誰にでも優しくできるくらい強く。
だからとりあえず、今は子どもより強い立場のわたしが、子どもに優しくありたいと思う。
全身全霊で。

前述の旧友は、わたしから見たら、社会の助けを求めてしかるべき立場だと思うのに、今でも弱い者のために動こうとする人だ。
世の中の見え方が違うんだろう。
強くて優しい、人生でもっとも尊敬できる人の一人である。